会話がキャッチボールなんて、嘘だ

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 スーパーのお菓子売り場に、カートを押す男と、その後ろから子供のようについていくキャロット色の髪をした男が一人。  カートを押しているのは、小宮山秋(こみやまあき)、そして後ろからついていっているのが、美濃桜使(みのうおうし)。二人は、十代の若者を中心に圧倒的な支持を集める、大人気ゲーム実況者である。 「秋、秋秋あき。これ買って」  前を歩く秋の服を引っ張り、これとお菓子を指差す様は大きな子供にしか見えない。振り向いた秋が、小さくため息をこぼす。 「買ってとかじゃなくて、勝手に入れればいいじゃん」  マンションで同棲している二人の財布は一つである。お菓子も当然食費に含まれるし、数百円のお菓子を勝手にカゴに放り込んだところで、二人の経済事情は揺るがない。そんなことは桜使にだって、わかっていることだった。 「あー。あーあーあーあー、なんだよそれ。おまえ、俺のことたいして好きじゃねえな」  わざとらしく責めたてるような声を出し、桜使は少し癖のある髪に指を突っ込みながら、お菓子売り場の通路にしゃがみこんだ。長い足が窮屈そうに折り畳まれ、膝がパキッと音をたてる。 「聞き捨てならないな。好きじゃねえって、どういうこと」  秋が腕を組んで桜使を睨みつける。端から見ると、もはやお菓子を買ってくれとねだる子供と、それを嗜める母親の図式だ。しかし、二人は断じて親子ではなく、親友兼相棒兼恋人である。 「どうもこうもねえわ」  ぼそっと低く呟いて、適当に選んだお菓子をカゴの中へとぽいぽい放り込む。お菓子コーナーに来る前に選んだ食材の上に、飴やチョコレートが我が物顔で居座り、秋は神経質そうにそれらを端へと移動させた。 「会話くらい楽しめよ。疲れてんだろうけどさぁ」 「いや、ごめん。俺が聞いてんのそれじゃない」 「はぁ?」 「俺がサクのこと、たいして好きじゃないって、なにをどうしたらそうなるわけ?」  今だってカゴの中には桜使の好きなものしか入っていない。偏食で子供舌。そんな恋人のために、健康管理には人一倍気を遣っているつもりだ。毎日三食自炊とはいかないが、時間が出来ればこうしてスーパーに来て、桜使の好きなものを作るために頭を悩ませている。それなのに、たいして好きじゃないなどと言われる筋合いは、秋にはなかった。 「だから、俺がしょーもないこと言うのなんて、いつものことじゃん。それをさ、勝手に入れればいいじゃんとか言うから」 「わかった。それは悪かった。でも、そんなことくらいで、俺がおまえをたいして好きじゃないとか、今後死んでも言わないで」  滅多なことでは怒らない秋が、死んでも言うなと桜使を睨みつけている。しかし、ここで引き下がらないのが美濃桜使という男だ。  やれやれとでも言いたげに立ち上がり、大袈裟なんだよと、人差し指を秋に突き付ける。 「言葉のあやっていうか、冗談だよ冗談」 「だからっ、冗談でも言うなって話をしてんの!」 「な、んだよ……そんな怒る?」  さっきから今ひとつ噛み合わない会話。桜使にとっては、いつもと変わらないじゃれあいの延長線上にある小競り合いのつもりだったのだが、それが秋の琴線に触れここまで激昂されるとは思ってもみないことだった。 「怒るよ。だって……今日だって、おまえの好きなミートソース作ろうと思ってるのに」  玉ねぎ、ホールトマト、ひき肉。カゴの中には確かにミートソースの材料がひしめき合っている。桜使は、それらを一瞥し小さく息をついた。 「わざわざ作らなくても、あえるだけのやつあるじゃん。あれ、けっこう旨いよ?」 「……だから、おまえは俺の努力……いや、俺の愛情をなんだと思ってるわけ……」  いちから作るミートソースと、レトルトのミートソース。その味の違いは? とか。どっちが美味しいか? と聞かれたら、秋は答えることが出来ない。手作りイコール愛情とか、手作りイコール美味しいとか、そんなことは思っちゃいないが、時間があるなら桜使のために作ってやりたいのだ。それを桜使が愛情と捉えなくても、こうしてそれを否定される謂れまではないと秋は思う。 「いや、待って。愛情って……俺の言ってることだって同じだよ?」 「は? どこが?」 「疲れてるじゃん。あんま寝てないでしょ? だから、別に手作りじゃなくてもいいよって言ってんだよ、俺は」  妙な沈黙が二人を包み込む。一方は、時間が出来たから手料理を食べさせたいと思い、一方は時間があるなら料理なんてレトルトでいいから休んでほしいと思っている。ひとつズレた不恰好なボタンのように、さっきからずっと二人の会話はほんの少し方向を間違っていたのだ。 「……だって、前にミートソース作った時、おまえ絶賛してたから……時間出来たらまた作ってやろうと思ってたんだよ」 「あー、うん。わかる、わかるよ。旨かったよ、確かに」 「じゃあ、作らせろよ」 「秋が作りたいならいいけど……なんかハードル高ぇなあ。前の時より旨そうに食う自信ねぇわ」 「大丈夫。おまえ大体なに食っても旨い旨い言うし。味の違いわかんねぇだろ?」 「はーあ? わかりますぅ。手作りかレトルトかくらいはわかりますよーだ」  お菓子コーナーで言い合うこと十分。その間に二人が投げた言葉のボールは辺りに散乱し、足下に転がっている。散乱したボールを拾うか拾わないか。会話なんてそんなものだと桜使は思う。散らばっているボールにつまづかないための回収作業、二人は今それを行っている。 「とりあえずさ、たいして好きじゃないってのを撤回してくれる?」 「まだ言うか」 「あー、もうわかった。じゃあ人参入れるわ」 「あー嘘うそうそ。ごめんなさい。秋はほんと俺のこと大好きだよなぁ」 「……棒じゃん」
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