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告白されたのは一緒に住みだしてすぐのことだった。
「はい? 今なんつった?」
「……いや、ごめん。サクのことが好きなんだけど、って言った」
広々としたリビングには段ボールが積まれ、まだ片付けの途中ということもあり、二人とも床に膝をついた状態で辺りには物が散乱している。
ゲーム実況を『生業』として生きていけるようになるまで五年かかり、ようやく念願だった仕事場兼自宅としてのマンションに引っ越してきたばかり。荷解きすらまだ終わっていない。
桜使の記憶が確かなら、目の前の男は小宮山秋という高校からの親友兼相棒で、一緒に住むイコール同棲ではないし、今この状況で相棒から恋人へのステップアップを申し出るほど、秋はバカじゃないはずだった。
秋は、段ボールから剥ぎ取ったガムテープの残骸を手に、申し訳なさそうに正座し項垂れている。少し伸びた前髪が秋の顔を隠し、ぎゅっと固く握られた拳は膝の上で細かく震えていて、桜使はため息を寸でのところで飲み込んだ。
「それ今? なんで今、言うかな……」
「ごめん。本当は部屋決める前に言おうと思ってたし、それでサクが嫌だったら一緒に住むのもなしにしようと思ってた」
でも言えなかったんだと、秋がぽそりと呟く。
「いや、いいけどさ。言えなかったなら言えなかったで、今じゃなくね? もう少し時間経ってからとか」
「罪悪感沸くじゃん。サクのこと騙したみたいで」
それを言うなら桜使とて同じことだった。特別な好意を持たれていることは、ずっとずっと前から気付いていた。わがままを「しょうがないな」と優しく目を細めて聞いてくれることも、時おり物欲しそうな目で見られていることも、ゲームの最中にかすかに触れる指に戸惑っていることも、ぜんぶぜんぶ知っている。知っていて気付かないフリをしてきたのだ。
そして、それを面白がるわけでもなく、気持ち悪いと感じるわけでもなく、今のこの心地いい関係を維持する術として、桜使はそれを利用してきたといっても過言ではない。だから罪深いのは、むしろ自分のほうだと桜使は思っている。
「……俺だって、秋のことは好きだよ」
慎重に言葉を選び、秋の反応を窺う。パッと顔をあげた秋は、今にも捨てられそうな子犬の目をしていて、桜使は胸がキュッと狭くなるのを感じていた。息が苦しい。
「例えばの話だけど。俺と秋が? 付き合うみたいになって? うまくいかなくなったらどうすんの。おまえ、そういうの割り切れるタイプじゃないじゃん」
秋の顔を見ることが出来ず、桜使はその辺の段ボールを適当に引き寄せ、ガムテープをべりっと剥がした。手にくっつくガムテープにイライラして、こねるように丸めて秋の膝へと投げつける。
「そうなったら……そうなった時っていうか……ごめん。とにかく気持ちだけは伝えておきたくて」
知ってたよ! と叫びたいのをぐっと堪える。なにこいつ。こんなバカだったっけ? と、一体高校からの七年はなんだったんだと、理不尽だと思いつつも、桜使は秋の迂闊さを責められずにはいられない。
「……勝手だよ、おまえは」
片付けを完全に諦めた桜使があぐらをかき、うつむいて低く呟く。声優にでもなれそうな艶のあるバリトン。少し癖のある髪は明るい茶色で、秋はただただ、そのつむじを黙って見つめた。言いたいことは、まだある。まだというか、勝手だなんておまえに言われたくないとか、今言わないでいつ言えっていうんだとか。秋にも言い分はあるのだ。
だけど、この一見明るい陽キャに見える男が、実はひどく慎重で不安定な精神の持ち主であると秋は知っている。だから今、あれこれと言ってしまっては、今まで築き上げてきたものが全てパーになってしまうと、秋はひたすらに桜使の次の言葉を待った。
「知ってるはずじゃん。俺が本当は陰キャだって。コミュ障だし。そんな俺に、今言うことだった?」
「……今じゃなかったかもだけど、いつ言ってもサクの不安定は同じでしょ」
「そうだけど!」
さっきからずっと論点をずらされていることくらい秋にもわかっている。仮にも自分は告白したのだ。それなのに、それに対する答えが『今、言うべきことか?』という一点で論じられていることに苛立ちを感じないわけではなかったが、拒否されているのではないということだけはわかる。
「秋」
「うん?」
「おまえ、俺が超めんどくさいやつだって知ってる?」
「知ってる」
「……じゃあ、なんで? どこがいいわけ?」
答えを間違うわけにはいかなかった。これはゲームだ。桜使の望む答えでなければ、すぐにもゲームオーバーだということくらい、桜使の顔を見れば秋にはすぐわかる。
「俺は……俺の知ってるサクが好きだよ。高校から七年、ずっと一緒にいたんだから、めんどくさいとか今さらだよ」
秋の言葉に、桜使のこめかみがうっすらとピンク色に染まる。名前の通り桜のような淡いその微細な変化は、きっと秋しか気付くことが出来ない。
ふーん。そう呟いて、桜使が片付けを再開する。好きだという告白に対する答えは、なにもないままだったが、確実に今、秋は美濃桜使のステージ1をクリアした。
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