独裁者の食卓

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「……嫌がらせ?」  たっぷり三秒、間をあけて、テーブルの上に並ぶ料理を見て桜使がつぶやいた。  午前九時。世の中的には朝で、仕事がはじまる時間帯だが、ゲーム実況を生業とする二人にとっては、仕事が終わり食事をして寝る時間だ。ちなみに昨夜は二人とも寝ていない。 「いや、ありがたいよ? おまえも寝てないのにメシ作ってくれて感謝してる。でも……」  桜使は好き嫌いが多いのである。偏食で子供舌。レベルで言うなら、たぶん小学生一年生レベルだ。好きなものは、ハンバーグ、ミートソースパスタ、カレー。嫌いなものは、人参、ピーマン、グリンピース。そして今、皿の上で桜使の嫌いな赤と緑が、白い皿に映えに映えている。 「鶏ガラとめんつゆと、それからごま油で味付けしてあるから」 「いい、いい。聞いてない味付けとか」 「サッと炒めてあるだけだから、人参もシャキッとしてて、人参特有の味しないし」 「作り方も聞いてない」 「ツナも入ってるから、ごはんに乗せて食べるとおいしいよ」  いただきますと秋が手を合わせる。もはや、桜使の反論など秋の耳には届いていなかった。玄米と白米のブレンドに、じゃがいもとワカメの味噌汁、目玉焼き、そして人参とピーマンとツナの炒めもの。秋は、ほかほかのごはんの上に例の炒めものを乗せ、更にかつおぶしを乗せて、おいしそうに口に運んでいる。 「サク、食べないの?」 「食べるけど……この人参のやつはいい」  大皿ではなくそれぞれ個別に盛られているため、桜使はその皿を秋のほうへと押しやった。が、すぐに戻される。押しやる、戻されるを何度か繰り返し、折れたのは桜使のほうだった。  秋は、これと決めたら頑固なのだ。決して声を荒げて怒ったりはしないが、おだやかな表情のままで我を通す様は逆に怖い。 「なんで? 嫌いだって知ってんのに、なんで?」 「人参とピーマン安かったから。桜使にも食べられるレシピ探してこうなった」  桜使に言わせれば、味そのものが嫌いなのだから、レシピもへったくれもない。だけど、好みを知り尽くしているであろう秋が『食べられる』と言うのだから、食べられなければおかしいだろうという妙なプレッシャーが桜使を襲う。 「そう言うけどさぁ、ピーマンは苦いままだろ」 「多少は。めんつゆ入ってるから甘みもあるよ」  秋は少しも譲らない。そのくせ、早く食べろと急かしもしない。じっくりゆっくり待たれているようで、それがまた桜使を追い詰めていく。 「これ食べなきゃ、俺死ぬの?」 「食べても食べなくても死なないよ」  食べたからといって健康になれるわけでもないし、食べないからといってさしたる不都合もない。そんなことは秋もわかっている。足りないものは他で補えばいいし、なんだったらサプリメントでも飲ませればいい。だけど、たまには食べてほしいのだ。  食事のほとんどは秋が作っている。自分が作るもので桜使の身体が作られると考えると、どうしたって責任を感じるし、栄養をとらせ『育てたい』気分になる。そう。桜使の髪も肌も血も骨も、食事を作る自分が作っているのだという自負が秋にはある。 「夜はカレー作ってあげるから」 「カレー?」 「そう。好きでしょ。鶏がいい?」 「……肉団子がいい」  ぼそっと呟いた桜使が、しぶしぶといった感じで箸で人参を摘まみあげる。肉団子のカレーは一度しか作ったことがない。鶏肉の処理が面倒で、たまたま安かった鶏の肉団子をカレーに入れたのは、一体いつだったろうかと秋は考える。 「肉団子のカレー作ったのいつだったっけ? けっこう前じゃない?」 「わかんねぇけど、あれ旨かった」  桜使の口の中に消えていく人参。ずっと前に作ったきりで忘れていた肉団子。どちらも『安かったから』という理由だけで食卓にのぼったメニュー。 「あ、旨い」  小さく呟いて桜使がごはんをかきこむ。ピーマンは少し残されてしまったけど、白い皿の上から鮮やかな赤は消え去っていた。
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