願われても迷惑だと星が笑った

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「篠田さん、こっち」  待ち合わせ場所で、こっちと手を振る年下の恋人に、(ゆう)は足下から崩れ落ちそうだった。  今年のホワイトデー前日。頼人(らいと)から「付き合おうよ」と言われはしたものの、結はそれを断固として拒否した。 『は? なんで』 『なんでも』 『え、だって、篠田さん、俺のこと好きなんじゃないの?』  好きに決まっている。頼人がテニス部に入部してきたその日に、一目惚れして恋に落ちたのだから好きに決まっている。好きだからこそバレンタインのチョコレートだって手作りしたのだ。  その頼人からのこれ以上ないくらいの告白だったのに、結がそれを拒否したのには訳がある。  ほだされたのではないか。ただ単に流されているだけなのではないか。興味本位とまではいかなくても、男だけどまぁいいかくらいの安易で軽率な好奇心なのではないか――と、結は思ったのだ。  無論、宮近頼人という男は、そんな人間ではない。しっかりと『自分』を持っているし、人の意見に流されたりするタイプでもなく、どちらかといえば割と頑固なほうだ。しかし、頑固さは結のほうが遥かに上だった。 『だってチカ、男と付き合ったことないだろ』 『ないけど……関係なくない?』 『結論は、もっとちゃんと考えたほうがいいよ』 『いや、考えた末の結果なんだけど』  あーだこーだと言い合った結果、付き合うかどうかはもう少し考えてからという、結からのよくわからない先伸ばし案を、頼人は受諾したのだった。  そして、二ヶ月後の五月。さすがにもういいだろうと、再び頼人のほうからお付き合いの提案をし、ふたりは晴れて恋人同士となった。今もって、その謎の二ヶ月がなんだったのか頼人にはよくわからないが、断られたことによって更に気持ちに火がついたのは確かで、もしかしたらそれも計算の上だったのではないかと頼人は思っている。 「なにから見る?」  交際二ヶ月目にして、初めてのデート。部活が同じなので毎日のように顔を合わせてはいるが、完全なプライベートでこうして外で会うのは今日が初めてのことだった。 「スポーツ用品」 「なに買うの? 篠田さん、もうすぐ引退じゃん」 「……リストバンド、買おうと思って」 「ふうん。じゃあ、こっち」  結の腕を引き、頼人がスポーツ用品売り場へと足を向ける。日曜の午前、デパート内には家族連れが目立つ。午後からは部活が待っている二人にとって、今のこの時間は何にも変えがたい貴重なものだった。  目の前にずらりと並ぶ色とりどりのリストバンド。試合中などに汗を拭うのに使うそれは、幾つあっても困らないもので、既に結は何個もリストバンドを保有している。 「篠田さん、いつも何色つけてるっけ?」 「黄色とかピンクとか。チカは黒が多いよね」  結は蛍光の黄色やピンクのものを好んでつけているが、頼人は黒字に白や赤でブランドロゴが入ったものをよくつけている。 「これは?」  頼人が指さしたのは、ピンクと白のボーダー柄。 「……あのさ」 「ん?」 「その……どれでもいいから、色違いとか……」 「え。あー、あぁ。そういうこと。お揃いね」 「嫌だ? つうか、今ちょっとバカにしたろ?」 「してないよ。かわいいなって思ってる。えーと、じゃあ……」  真剣な眼差しで選びだす頼人を見て、結は心臓がきゅんと鳴るのを自覚した。うれしい。お揃いなんて子供っぽくて、バカップルみたいで、嫌がられるかなと思っていたのだ。だけど、頼人は真剣に、それでいて、どことなく楽しそうに選んでいる。結は、それがうれしかった。 「これは?」  頼人が手にしたのは、紺地にブランドロゴが入ったもので、ロゴは白、赤、ピンク、黄色、水色の五色。その中から、頼人はピンクと水色を手に取っている。 「うん、かわいい」 「そう? じゃあ、篠田さんはこっちね」  こっちと手渡されたのは水色のほうだった。 「え、俺が水色なの?」 「そうだよ。そのほうが、お揃いっぽいっていうか、付き合ってるぽいじゃん」  イメージにない色をつける。それは、その人自身の変化を表し、特別な意味を持つ。だから頼人は、いつも結が好んでつけているピンクを、自分用に選んだのだ。 「……どうしよう。チカ、すげえ……うれしい」 「プレゼントするよ」 「ほんとに?」 「うん。もうすぐ引退だし、初デートの記念?」  リストバンドを手にレジに向かう頼人の背中を、結はぼうっと見つめた。うれしすぎて舞い上がりすぎて羽根が生えそうだと、バカなことを思いながら――。 「そろそろ時間だね」 「このまま行く? 一旦帰る?」  楽しい時間はあっという間に過ぎ、部活の時間が迫っていた。 「面倒だから、このまま一緒に行こうよ」  頼人にそう言われ、結は幸せを噛み締めながら頷いた。デパートの出入口が近付くと、すっきりとした笹の匂いに鼻をくすぐられ、二人は七夕用に飾られた大きな笹の前で足をとめた。  笹の横に置かれた机の上に、短冊とマジックが置いてある。枝に吊るされた短冊には、子供たちのかわいらしい願いごと。 「書く?」  頼人に聞かれ、結は無言でマジックを手に取った。なに願うの? 内緒、見せてよ、見るなと、子供っぽい言い合いをしながら、結は水色の短冊に、頼人はピンクの短冊に、それぞれの願いごとを書き記した。  ずっとチカと一緒にいられますように  篠田さんの願いが叶いますように  開いた自動扉から吹き抜ける風が、二人の短冊を揺らし、くるくるとじゃれるように揺れていた。
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