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「春音さんの声って、すごく滑らかなカスタードクリームね」
「な、…なんて??」
隣同士の席、はじめましてからの自己紹介をしただけだった。相手からの初手がそんななので、ぼくの戸惑いは正当なものだったろう。
梨沙は、きっとぼくの戸惑いを、カスタードクリームの詳細が分からないという意味で受け取ったみたいで、「ええとね…」と親切にもその先を続けてくれた。
「けっこう甘いのだけど、しつこくないというか、口の中に残らない甘さなの。
トロっとしてるけど滑らかで、そうね、絹のようなイメージかしら。豆腐じゃなくて、布の絹よ。まあ、あたしも絹なんて食べたことないけど、イメージね、イメージ。
美味しいということよ」
「なる…ほど」
果たして、人生の中で自分の声をして『美味しいカスタードクリーム』などと形容される人はこの世界で何人いるだろうか。唐突に稀有な存在になってしまったぼくは、目の前のクールだけどなんだかちょっと天然が入ってそうなクラスメートを見つめてしまった。
すると、彼女はようやくぼくの戸惑いの本当のところに気付いたようで、落ち着けるように自分の髪を触りながら「ごめんなさい」と切り出した。
「あたし、よくこうやって困らせてしまうみたい。
人の声を聴いたりモノを見たりすると、まったく関係が無いのだけど、味が思い浮かんでしまうの」
それはもしかして…、とぼくは言いかけたが、寸でで思い留まった。これは、きっとぼくが今、彼女に伝えることではないだろう。
代わりに、ぼくは自分の青いペンケースを手に取って、
「これも?」
「はんぺん」
「はん… こ、このペンは?」
「マカロニ」
「担任の声は…?!」
「卵かけご飯、かな」
「TKG!!!!!」
ぼくは思わずのけ反って大声で笑ってしまった。おかげで彼女には注意されるし、なにを騒いでいるんだと周りから注目されてしまった。ぼくはこれから、担任の声を聴くたびに卵かけご飯を思い出す宿命を負ってしまったのだ。なんてこと。
ぼくは可笑しくて可笑しくて腹筋が壊れそうだったのだが、それ以上に嬉しかったのだ。こんなところに、ぼくと同じ、しかし全く違う世界を見ている人がいる。ぼくは、ぼくは───
「ご、ごめん… 馬鹿にしたわけじゃないの。
あなた、ええと…」
「梨沙」
「梨沙! ねえ、ぼく、梨沙の見ているもの、きっと大好きだわ」
よろしくね!と梨沙の手を取って握手をすると、彼女は驚いたようにキョトンとしていたが、やがて苦笑にも似た笑みを見せた。「こちらこそ」
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