桜森さんがチキン南蛮を食べる理由を俺は知らない

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桜森さんの口元が「いただきます」と小さく動く。桜森さんは嬉しそうにカレーライスを頬張りながら同僚との会話に花を咲かせている。桜森さんは俺の2個下の後輩で、初めこそOJT制度でトレーナー・トレーニーの関係になり、色々と指導をしたが、今では同じ職場にいながら別のプロジェクトに所属しているので接点は薄くなっている。そんな桜森さんの昼食はいつも社食だったのだが、頼むものに一定のルーティンが存在することが分かった。 例えば、今日桜森さんはカレーライスを頼んでいるが、それは今日が金曜日だからだ。本人曰く、海軍カレーに倣い、金曜日は必ずカレーを食べるようにしているとのことだ。そのルーティンはカレーだけに当てはまらない。俺は数多くある桜森さんの昼食ルーティンのほとんどを、一緒に食事をしていたOJT期間中に解き明かした。しかし、最近になり突如「チキン南蛮」を注文する日が出てきた。チキン南蛮は新しいメニューという訳ではない。半年間のOJT期間だけでなく、その後一緒に仕事をした一年間の間もずっと定番メニューとして存在していた。一年半という間、桜森さんの昼食ラインナップに組み込まれていなかったはずなのに、突如として顔を出し始めてきた。これは何か理由があるに違いない。 「菊池、お前、桜森さんのこと見過ぎ。好きなのか?」 一緒に昼食を食べていた梅野に呆れ気味に言われ、一瞬心がざわめいたが、俺は別に桜森さんのことが好きなわけじゃない。ただ、突如として出てきた「チキン南蛮」の謎が解きたいだけなのだ。 「……いや、そういう訳じゃないけど。ただお昼に何を食べているのか気になっているだけ」 そう、気になっているだけだ。それ以上でも、それ以下でもない。俺は半ば自分に言い聞かせるように、心の中でつぶやいた。
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