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二週間前は月、水。一週間前は水、木。そして今週は火、水、そして今日、金曜日だ。結局連続記録は四日で途絶えたが、それからもチキン南蛮は桜森さんの昼ごはんに顔を出し続けた。
「流石の桜森さんマニアの菊池もチキン南蛮の理由についてはお手上げのようだな」
「マニアって、お前な……」
人聞きの悪いことを梅野には言われたが、確かにもう内心は白旗を上げている。二週間の間、桜森さんを観察していたが、おそらく旬の魚定食を食べる理由であった「髪を切った」のような外的な変化ではなさそうだ。野球選手がホームランを打った日の翌日、とか、サッカー選手がシュートを決めた日の翌日、等も当てはめてみたが、調査対象があまりにも多くてさじを投げた。
結局のところ、本人に聞くしかない。しかし、一緒に昼食を食べていた頃と今は違う。同僚とのおしゃべりに割って入るや否や「チキン南蛮をなんで食べるんだ」と聞こうものなら怪訝な顔を向けられてしまうかもしれない。
桜森さんはチキン南蛮を食べ終わり、同僚と一緒に立ち上がった。こちらに近付いてくるが今の俺に桜森さんと話すすべはない。あきらめかけたその時だった。
「あ、藤原じゃん。丁度良かった」
「梅野、なに?」
「昼の会議室の時間なんだけどさ、取り換えてくれないか?」
梅野は桜森さんと一緒にいた同僚と話し始めた。藤原さんというらしい。二人が話始めたため、自然と俺と桜森さんの目が合う。初めて梅野が役に立った。
「菊池さん、久しぶりですね。お元気してますか?」
「ああ、なんとかね。桜森さんはどう?」
よし、いい調子だ。これならば自然とチキン南蛮の話に持っていけそうだ。しかし、俺の予想とは裏腹に桜森さんの顔はどこか物憂げだった。
「桜森さん、疲れてる?」
「……実はちょっと悩み事がありまして」
「悩み事? 俺でよかったら聞くけど」
流石に悩みを抱えている桜森さんを前にしてはチキン南蛮のことを問い詰められない。ここは桜森さんの悩みをスッキリさせてから俺の悩みもスッキリさせるとしよう。
「じゃあ今日の夜とかお話聞いて頂いていてもよいですか?」
「え?夜?」
「ダメですか……?」
空いた時間に数十分だけ話を聞けばよいと思っていたが、どうやら想定よりも悩みは重いらしい。かつては一緒に働いた縁もあるし、ここは乗るしかない。
「大丈夫。じゃあ仕事終わったら連絡する」
「はい!菊池さん、ありがとうございます!」
その日の仕事は定時で切り上げ、桜森さんと一緒に会社を出た。そして、その日を最後に、桜森さんがチキン南蛮を食べることはなくなった。
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