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「お、今日はチキン南蛮か」
「ん、ああ、そうみたいだな」
お弁当箱に詰まったチキン南蛮を見て俺は少しこそばゆくなる。
「そのチキン南蛮を見ると昔のお前を思い出すな」
俺は一口サイズに切られたチキン南蛮を口に運ぶ。確かに懐かしい。けれど社食のチキン南蛮よりも今食べているチキン南蛮の方が何倍も美味しい。
「結局、桜森さんがチキン南蛮を食べていた理由ってなんだったんだ? 理由聞く前に別の現場に出向しちゃったからなぁ」
そういえばそうだった。チキン南蛮を食べなくなるのとと同時に梅野と藤原さんは別のプロジェクトに配属されることになったっけ。
「教えない」
「はぁ?なんでだよ。あんなに親身になって話聞いてやっていたのに、理由が分かったらもう俺は用済みかよ。全くなんて冷たい奴なんだ……」
ぶつくさ文句を言っているがその理由を知ったのは俺もつい最近なのだ。二人で会うようになった時も聞いてみたが、頑なにその理由は教えてくれず、次第に聞くのをやめた。しかし、籍を入れた日の晩御飯に、チキン南蛮が出てきたので当時の記憶が甦ったのをきっかけにもう一度聞いてみたのだ。
「あのさ、どうしてチキン南蛮を食べてたんだ?」
「んー、もういいかな。籍もいれたしね」
どうせダメだろうなと思って聞いてみたのでまさかのいい返事に驚いた。舞依は、はにかみながらチキン南蛮を口に運び、言った。
「やす君に誘ってほしい日に食べてたんだよ」
「え?」
コホンと咳払いをしてみそ汁をすする舞依。まさかの理由に言葉が出てこない。
「別のプロジェクトになった途端、やす君、全然話してくれなくなってさ。話したいなぁ。誘ってくれないかなぁって思った日にチキン南蛮を食べてたの」
そんな可愛い理由があったとは。どおりで俺には見当がつかなかったわけだ。しかも3連続でチキン南蛮を食べている日もあった。どれだけ俺に誘われるのを待っていたんだろう。可愛くてたまらない。
「じゃあ舞依、今日の晩御飯がチキン南蛮なのって……」
「もう、恥ずかしいこと言わせないで」
ほんのり頬が赤い舞依が俺を見つめてくる。桜森さんがチキン南蛮を食べる理由はわからなかったが、菊池さんとなった今ならその理由が分からないはずなんてない。
懐かしい記憶だ。
俺は今日もお弁当に入れられたチキン南蛮を見て笑みがこぼれた。
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