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番外編、かっちゃん
俺は長い間、あの日のことを悔やんできた。
見えてなかったけど、信司はあの交差点で光柱をずっと待ってたんだって分かったとき、たまらない気持ちになった。学校ではいつも無口で目立たなくて、一人だった信司。
けれどあいつが、信司が光柱を登って笑っているのを見て、やっと、信司はもう大丈夫なんだと分かった。それで俺もやっと、救われたような気がした。
それから、それまで彼女もいなかった俺が結婚して、子供ができた。
男の子だと分かったとき、信司の字から名前をもらおうと決めた。嫁さんに話したら、
「お参りに行って、信司さんに報告しましょう。」
と言ってくれた。
「勘二さんが子供に一字をもらいたいなんて、仲が良かったのね。生きていらしたら、私も会ってみたかったな。」
あれ以来、俺は仲の良い友達というのを作らなくて、社会人になって嫁さんに出会った頃も、人付き合いは職場以外、ほとんどなかった。だから、俺に仲が良かった友達がいたと聞いて、少し嬉しかったんだろう。
信司と勘二。俺たちは学校で友達になってから、ほとんどいつも一緒にいた。一見無口だけど物知りな信司ともっと遊びたかった俺は家に帰りたがる信司をなにかと引き止めて他の奴らと一緒に遊んだり、時々はあいつの爺ちゃんにも会ったりした。
戦時中はパイロットだったという爺ちゃんは、笑うと顔のシワが深くなって、明るくて優しげな人だったのを覚えている。信司が爺ちゃんを大好きなのがわかるような気がした。あいつは爺ちゃんといる時は、人目をはばからず笑っていたから。
だから、走って行ってしまったんだろう。信司の両親が仕事で忙しくてほとんど家にいないことは知っていた。それで信司が寂しくて爺ちゃんのところに行くのも。だからって、俺を置いていったあいつを、あいつを止められなかった俺を、俺は許せなかった。
けれど、信司は笑ってくれた。最後に、光柱を登りながら、生きていた頃と変わらない爺ちゃんに似たあの笑顔で。あいつは自分の信じるものを諦めなかったんだ。
だから、信司のように、一つのことを一途で真っ直ぐに思えるような、自分の信念を貫けるような、そんな子に育ってほしいと願って。あいつは死んじまったけど、この子は寿命の最後まで生き抜けると信じて。
息子の名前は信太。
後から知ったんだけど、信司の弟は想太という。信太と想太なんて、なんか兄弟みたいだなって思った。
信太は、よく笑う子に育った。
俺は、あの頃の信司のような寂しい思いをこの子にさせないと誓った。
冷たく悲しい雨ではなく、青空のように広く高く明るい未来に、いつまでも笑顔でいてほしいと。この子の笑顔や喜びが、信司の代わりに羽ばたいていろんな人と分かち合えるように。
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