八・見えてくること

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 滉也の車を見つめながら、私たちは少し沈黙していた。恐らく、愛と僚汰君は滉也がただここに車を置いているとは思っていないのだろう。 「ねえ、莉帆はあれから何も思い出さないの? こうやって、少しずつではあるけど手がかりって言うか、ポロポロと桜野くんの交友関係が出てきたりしているじゃない? それでも、思い出すことはない?」 〝交友関係〟って言葉を使っているけど、つまりは女性関係のことだろう。もしも滉也が浮気をしていたりして、その相手と私が鉢合わせをしていたら……。私が思い出していても可笑しくないのかもしれない。  だけど残念ながら、私の記憶は昨日の三時にチャイムが鳴って、ドアを開けたら滉也らしき人影が見えたら肩を押されて背中を向かされた……というところで止まっている。そのあと、愛たちが来た六時半までの三時間半の時間は、すっぽりと抜け落ちたままだった。 「うん、全く思い出せないの。自分の記憶なのに」 「じゃ、もう一度催眠を」 「それはさせない!」  愛がキッパリと僚汰君の言葉を遮断した。口をとがらせていじけた顔をしていたけれど、僚汰君の催眠はそれなりに効いているような気がしていた。それでも私がなかなか思い出せないから、強固なマイナスな記憶があるんだろうと感じている。  誰かを刺したんじゃないかとか、恐い光景を目にしたんじゃないかとか、色々と覚悟をしようとしても、やっぱり思い出すのは恐くて記憶が拒否しているに違いない。 「じゃあ、ここに車を置いて電車に乗るって、今、桜野君とその一緒にいる女ってどんな状況なんだと思う?」 「えっと……も、もしも私が誰かを刺したなら、生きているなら救急車を呼ぶか車に乗せて病院に運ぶか……だよね? 電車は使わないか……」 「刺したのが誰にせよ、刺されたヤツが死んでいて、それを隠そうとしているのだとしたら、余計に電車は使わずに車で運ぶよな」  どちらにしても、電車は使っていないということになる。だけど、この車は確かに滉也のものだから……。
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