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校舎には、他に人の気配がなかった。生徒どころか、教員陣も帰宅したのかもしれない。自分の足音だけが響く廊下を抜けて静まり返った校舎を出ると、空気の冷たさに思わず身震いした。
軽装だったということもあるけど、それにしても予想以上の冷え込みだ。これからの時期、ますます冷え込んでいくのかと思うと、いい加減この街の人間たちも大人しくはなるんだろうな。毎日がお祭りみたいな盛り上がりをしていたけど、流石に家で暖を取りたくなる。
深呼吸をしてみた。鼻の奥まで届いた冷たい空気はツンとした痛みを伴い、吐く息は白く、夜に溶け込んでいく。
息を吸って吐くだけの時間でさえ、生きていることを実感させる。
遥と話したことは、ただの本心だ。奏多のことをもっと知りたい、二人で話したい。恥ずかしいくらい、本気で思っている。
今すぐにでも駆け出したいのに、意思とは反して踏み出される足は小さい。……いや、時間を掛けているのもオレの意思だ。何を話したらいいのか分からず、結局迷ったままだ。このままゆっくり帰って、奏多も自分の部屋に戻っていればいいのになんて、そんなことまで考えてしまう。
言うか、言わないか。たったそれだけなのに。
気が乗らない登校の時間よりもずっと時間を掛けて寮までの短い通学路を歩く。そんな情けない背中を押すかのように、昇る月が行くべき道を明るく照らす。
考えても考えても何も決まらないまま、気が付けば玄関の前に立っていた。
始めになんて声を掛けようか、どんな顔をして、何の話をしようか。それから、どうやって切り出して、どうやって決めようか。
遥の言う通り、結局踏み出す勇気がなくて、くすぶっている。会って話すだけ、それだけなのに何をこんなに恐れているのか。情けないなと、変な笑みが零れてしまう。
踏み出さなきゃ、何も変わらない。留まっていても、変わるのは時間と環境だけで、情けない自分は取り残されたままだ。そんなのはもう……今日で終わりにしよう。
冷え切ったドアノブを握る。すんなりとドアは開き、生暖かい空気が全身を包み込んだ。
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