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部屋の中は、真っ暗だった。誰もいないみたいに静かで、さっきの校舎みたいだ。人の気配はなく、その代わりにほんのりと甘い香りがする。どうやら二人が来ていたのは確からしい。
もしかしたら奏多はどこかで寝ているんじゃないかと思って、ドアは音を立てないように閉めた。それでいて、心のどこかでもう帰ったことも期待してしまっている。
その期待を確信に変えたくて、自分の部屋に戻るよりも先に隼人の部屋を開けた。
……誰もいない、というかいないとはいえ、他人の部屋に躊躇いなく入ってしまったのはちょっと申し訳ない。後で隼人に謝ろう。そしてあのベッドで寝たと公言した遥には一週間の接近禁止令を出さないと。冷静にあいつちょっとやばいでしょ。
というか、本当にいない。元々遥を休ませるための監視だし、やること終わったらあいつも自分の部屋に戻るか。
なんというか、気が抜けたなぁ。あれだけ悩みながらここまで来たのに、いざいないとなると肩透かしだ。まぁ遥には戻ったけどいなかったって言い訳できるし、今日のところはとりあえずオレも休もう。またどっかで機会を伺って、それでその時は……その時だ。
水でも飲もうかと、先にリビングに立ち寄った。明かりのついていないリビングは妙に明るくて、あいつらカーテン全開で帰りやがったな、なんて呑気に思っていたら……目を奪われた。
月が近い。外を歩いていた時よりも、ずっと近くて、大きくて、明るい。月はうさぎが餅つきをしているだとか、女性の顔だとか、その模様に色んな諸説があるけど、それを一つ一つじっくりと検証出来てしまえるほどに近くて、良く見える。
だけど、オレが目を奪われたのは月なんかじゃない。むしろ月なんて、ただの背景でしかなかった。
ピンク色の髪が、夜風にさらわれている。
この光景が、有名な絵画でもなく、夢の中でもなく、目の前に今ある現実だと気が付くのに、時間がかかった。なんてことのない、日常の一コマのはずなのに、心臓は強く跳ね続ける。鼓動が耳の奥まで響いてうるさい。
ベランダで一人、月明りを全身で受け止めながら夜空を見上げ、佇む彼女を見つけて……ただオレは、目を奪われていた。
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