しかしさよならが足りない!

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蛇に睨まれた蛙みたいに、何故だか体は動かなくて、頭も上手く働かない。指一本でも動かしてしまえば、この光景が崩れ落ちてしまうんじゃないかって思うほどに繊細で、儚げに映る。彼女の姿を目に焼き付けたくて……時間も忘れて見つめていた。 どれくらい経っただろうか、数十秒だったかもしれないし、数分だったかもしれない。視線に気が付いたのか、不意に彼女が振り返って、オレの姿を見つける。 最初は驚いたように目を見開いていたが、やがて柔らかい笑みへと変わり、手招きをした。 誘われるがまま、操られたかのように一歩、また一歩と近づく。彼女との距離が急速に縮まって、思い出したかのように鼓動も早く脈打つ。呼吸が浅く、早くなる。 彼女と向き合った。 体が勝手に動く。意思も何もないまま勝手に動いて、微笑む彼女に触れたいと願って、ゆっくりと手が伸びる。 だけど、触れることは叶わなかった。指先に硬い感触が先に伝わり、オレと彼女を分け隔てる。当たり前だ、窓が締まっているのだから、体が通り抜けでもしない限り触れることなんてできない。当たり前のことだ。……当たり前のことなんだろう、オレと彼女の住む世界が交わらないことなんて。 窓ガラス一枚抜けられないで、世界の壁を超えることなんてできない。壁の先に彼女がいたとしても、姿が見えないどころか、存在しているのかさえ分からない。確かめたくても、確かめられない。 そういう場所に、オレたちはいる。 ……いるはずだった。 「そんなところで何してるんですか?窓開けてこっちに来ればいいじゃないですか!」 いとも簡単に乗り越えてくる。手を引いて連れ出してくれる。お前の悩みなんて悩みでも何でもないって教えられるくらい単純で、明確な答えをくれる。 オレの知らないことを教えてくれて、オレのことを知ってくれた。この世界にいるはずのないオレを認めてくれて、一緒にいてくれる。 多分この世界に来たのが別の誰かでも、出会ったのが全然違うやつでも、彼女はオレにしてくれたように何も変わらずそうしただろう。 抜けてるとこも多いけど、その分賢くて……底抜けに優しい。 だからオレは、奏多を好きになったんだと思う。
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