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外の空気は冷たくて、ようやく我に返る。手を引かれてベランダに出ただけなのに顔が熱く火照っているのが自分でも分かった。
握られていた手はパッと離れて、それでもわずかに残ったぬくもりが、奏多と今一緒にいる実感をくれる。
「何してたんですか、立ったまま」
「いやなんというか……ちょっとボーっとしてた」
すんなりと口が動いてくれてよかった。これで言葉まで出なくなっていたらどうしようかと思った。
「しっかりしてくださいね。……顔赤いですよ?」
「これはその、外歩いてたから。ほら、今寒いし」
「それもそうですね」
そういう奏多も長いこと外にいたのか、頬がほんのりと赤い。
「遥さんとは会いました?」
「会ったよ。随分と顔色も良くなってたし、元気になってた」
そう報告すると奏多は腰に手を当てて胸を張る。
「そうでしょうとも!一緒に寝て、ご飯作って一緒に食べて、のんびりお喋りしたんですから。途中で何度も抜け出そうとするから大変だったんですよ?」
まぁ、どっちもどっちで大変だったろうに。
「あ、光さんの分もちゃんと作ってあるので後で食べてくださいね」
「お、おう。ありがとう」
……大丈夫だ。いつも通りの何でもない会話ができている。動揺はしていたけど、大丈夫。何ともなくこの場をやり過ごせる。……って、そうじゃないだろ。奏多と話したいとことも、一緒にいたいと言ったことも、全部オレの本心から出た言葉だ。いい加減、ケリをつけないと。
「……奏多は何してたんだ?こんな寒い中」
「月を見ていました」
「月?」
確かに見ごたえはあるけど、奏多が外で月見なんてイメージじゃないな。花よりだんご、月よりスイーツだろうに。
「月を壊せば満月の日はなくなると思ったんです」
「……その発想はなかった」
予想の斜め上というか、下だな。
「……不思議ですよね。あの月が満月になれば、もうこうして気軽に話をすることもできなくなるなんて」
奏多もそういうことを考えてくれていることに、嬉しくなった。
「……オレは逆だな。この世界に来て、色んな人と出会って、色んな所を巡って、今こうして奏多と話ができること、全部不思議だよ。全部想像もしなかった、本当に夢みたいな時間だ」
何度考えても、やっぱりそう思う。オレの人生にとって、かけがえのない時間だ。
さっきまでそうしていたように、奏多は月を見上げた。その横顔はいつになく……曇っていた。
「……光さんは本当に帰っちゃうんですか?」
言葉は重く、のしかかる。
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