しかしさよならが足りない!

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「……わがままを言ってもいいですか?」 「いいよ」 奏多のわがままの一つや二つ、今更過ぎるしな。 「……このまま逃げませんか?ずっと逃げ続けるんです。終わらなければ、光さんはこの世界にいても大丈夫なんでしょうし、私の願いも光さんの願いも叶えられます。それにほら、昨日まで旅していたみたいに、今度は世界中を旅するんです。私も行きたいところがたくさんありますし、光さんに知ってもらいたい場所だってまだまだあるんです!そうやって一生かけて、世界中を旅して……それで、それから……」 言葉が詰まっていく。奏多自身、無茶だと分かっていて言っている。それでも、言わずにはいられなかったんだろう。それくらい、考えてくれている。 そういう未来も、あるのかもしれない。逃げて逃げて、行く先々で色んなものを見て、知って、たまには襲われるかもしれないけど、乗り越えて……。それはそれできっと楽しい日々になると思う。いや、なると断言できる。オレにとっては幸せな選択だ。……だけど、奏多にとってそれは一番幸せな選択じゃない。 今、奏多を不幸にしているのは、間違いなくオレなのだから。 「なぁ、この世界って雪降るのか?」 夜空を見上げて、そう訊ねた。 「……雪ですか?」 「うん、雪」 「降りますけど……」 そっか。それならこれからもっと寒くなって、この街全体が白く染まるのかな。 「……雪、一緒に見たかったな」 目を見て、笑って言った。 多分、オレが言った意味が分からなかったんだと思う。それでも次第に目が見開いて行って、潤んでいた綺麗なその瞳から……一筋の涙が流れた。月明りに照らされて、黄金色に輝く涙が。 「……綺麗です、とても。だから、光さんとも、一緒に、見たいのに……。何……言ってるん、ですか。どうしてそんな、意地悪なことばっかり……」 とめどなく溢れ出る涙を、奏多は拭おうとはしなかった。きっと、拭っても拭っても、止まらないことを知っているからだろう。 だったらこれくらい……いいよな? 自分でも驚くくらい自然に体は動いて……奏多を抱きしめた。 奏多の体は思った通りに小さく、甘い香りがして、柔らかく……暖かかった。腕の中で、奏多は一層涙を零した。 「……心配掛けてごめん、迷惑掛けてごめん。泣かせてばっかりでごめん。もっと一緒にいたいのに……いられなくてごめん」 独り言のように、ただ話しかけ続ける。 「謝ることはまだまだたくさんあるけど、感謝したいことはもっとあるんだ。笑わせてくれたこと、連れ出してくれたこと、怪我を治してくれたこと、この世界のことを教えてくれたこと。それから……オレと出会ってくれたこと。奏多と過ごした時間が全部……オレにとって、かけがえのない宝物だ」 奏多が泣き止まないから、オレまで言葉に詰まる。喉の奥が震える。こんな時くらい、かっこつけていたいのに。
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