しかしさよならが足りない!

32/34
前へ
/276ページ
次へ
「……月が綺麗だ」 「こんな時に、何……言ってるん、ですか」 「奏多といると、本当にそう思える。奏多といる時はいつも月が綺麗に見えてさ、世界が輝いて見えるんだ。そういう時間を、奏多がくれたんだ。だから、例え住む世界が違っても、オレは月を見上げて奏多を思い出すよ」 「意味、分かんないです……」 胸の辺りをぎゅっと掴んで、泣き続ける奏多を、オレはただ抱きしめていた。 こんな言い方しかできなくてごめん。でも、この想いは伝わらなくていい。伝えたらきっとまた、悲しくさせるだけだから。 それに、たった一言すら言えなかった男なんか、とっとと忘れてくれ。オレは未練がましく、想い続けるけどさ。 それでも……今だけは一緒にいさせてほしい。今だけは許してほしい。 言えなかった分、強く抱きしめる。それくらいは見逃してほしい。 寒かったはずなのに、暖かい。辛いはずなのに、たまらなく幸せだ。こんな時間がずっと続けばいいのに、二人だけの時間がこれから先も続けばいいのに。願わずにはいられない。 伝わってほしくないのに、伝わっていてほしい。言葉にはできないのに、分かってほしい。そんな無茶なことを考え、一人、ぼやけきった夜空を見上げて、ただ思う。 好きだ、と。
/276ページ

最初のコメントを投稿しよう!

74人が本棚に入れています
本棚に追加