しかしさよならが足りない!

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袖で目を擦った。視界は晴れた。それでもすぐに滲みそうになるのを、グッと堪えた。 「気持ち、よく分かる」 言いたいことも伝えたいことも、確かにあるのに言葉にできなくてもどかしい。でも、言葉にしてしまえるほど簡単じゃないし、単純じゃない。だからたくさん悩んで、もがいて、ようやく伝わるんだと思う。 「だから、言葉にしなくていい。無理に口にしなくていい」 「でも……」 「だったら約束しよう」 「約束……ですか?」 約束というよりは希望、希望というよりかは願望だ。ただただオレの自己満足のための、独りよがりな言葉の羅列。 「いつかまた会おう。それでその時、今日お互いに上手く言えなかったことを言おう。その日までのお楽しみでさ」 いつかまた、奏多に会えると思って生きていきたい。こんな約束、ズルいかな。でも、いいよな、これくらい。ちょっとくらい夢見たっていいよな。 「約束……」 奏多は呟き、そして勢いよく顔を上げた。 「約束するなら、絶対です。絶対また会いましょう。私は光さんを探します。だから光さんも私を探してください。何年掛かってもいいです。一目だけでもいいです。……それでもいいなら、約束しましょう」 短く息を吐く。自己満足のために言ったなんて、今更言えないよな。でも、口にすればいつかは叶うんじゃないかって、また会えるんじゃないかって、そう思える。この気持ちがあるだけで、強く生きていける。 「……分かった。約束する」 「絶対ですからね!嘘ついたら一生恨みますからね!絶対また会えるんですからね!だから……悲しくなんてないんですから、ね」 声が震えている。強がっていることくらい、誰でも分かるくらいに。……だけど奏多は満面の笑みを作るから、オレはもう、前だけを見ると決めた。振り返らないと決めた。最後まで戦い抜くと決めた。 世界なんて正直どうでもいい。ただオレは……この笑顔を守るためだけに戦う。 「分かってるよ」 当たり前だ、分かってる。もう奏多を悲しませたりしない。泣かせたりしない。ただただ、笑っていられる未来をオレが切り開く。 こんなこと思うのは傲慢すぎるかな。かっこつけすぎなんだろうな。でも思うのは自由だよな。好きでいるのは勝手だよな。自分の身一つすら守れないオレでも、立ち向かうのはオレの意思だ。 今まで散々守られ続けて来た。無理でも何でもいい。隼人から託されているんだ。みんなの想いを無駄にはしない。 だから今度はオレが守る番だ。 奏多はゆっくりと頷いて、夜空を見上げた。つられて空を見ると、さっき何も変わらないのに、相変わらず見ごたえのある星空がどこまでも広がっている。夜が明けなければいいのになんて思うのに、きっとあっという間に朝が来て、夜が来て、またこうして見上げているんだろう。 奏多が独り言のように、小さく何かを呟く。本当にそう言ったのか確証はない。だけど、夜風に乗って、こう聞こえた。 「本当に……月が綺麗ですね」 と。
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