第1章  春分の西護

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 斉鼓の苦労話を聞きながら、市が終わったら街を出る商隊について南に移動しようかとぼんやり考える。  金は入ったから少しくらいここでのんびりしてもいいのだが、根がせっかちなのか一つのところに留まっているのが苦手だった。常にふらふら彷徨っているのが性に合うのだ。  そういう意味で、街から街へ移動する護衛という仕事は天職だと言えるかもしれない。 「哥(にい)さん、護衛だろ? どっから来たんだ?」  まだ若い男が声を掛けてきた。二十代半ば、日焼けした顔にがっちりした体格。腰にはもちろん剣を差している。 「常州(じょうしゅう)からだ」 「街道はどうだった? 妖魔は多いかい?」  目線で同席を請われてうなずいた。この食堂は安くてうまいだけあって、こうした同業者がよく集まる。集まれば当然、情報交換という雑談になる。 「いや、そうでもなかったな。ここまで三日かかる間に挙父(きょふ)が一匹、猩猩(しょうじょう)が二匹出たくらいだ。哥さんは常州に行くのか?」  挙父も猩猩も猿に似た妖魔だ。凶暴でよく人を襲う。 「この後、常州に向かうか蘭州に向かうか迷ってるんだ。二つの商隊から声をかけられていて」 「蘭州は最近、荒れてるらしいぞ。さっき蘭州から来たって商隊に会ったが、かなりボロボロになってたよ」 「安全を取るか金を取るかってとこかい?」 「だな。命あっての物種だし、まあ常州に向かうかな」  そこで別の若い男が口を挟んできた。 「俺は交泉(こうせん)から来たんだが、あそこはとんでもないことになってたよ」  交泉は蘭州の隣町だ。 「とんでもないこと?」 「街に悪鬼(あっき)があふれて道士が総出で清めて回ってたんだ」  悪鬼とは死んだ人の魂が恨みや心残りなどのため天に上がれずに地上をさまよっている者のことだ。 「あ、その話、俺も聞いた。すごい数の悪鬼が出たんだって」  そこに若い男が席に混ざり、四人であちこちの町で聞いた噂話やら街道上で目にした妖魔の話やらで一刻ばかり過ごした。 「斉鼓じゃねえか。それに萩明も」 「魏領(ぎりょう)か、久しぶりだな」  以前一緒に組んだ同業者が声を掛けてきたのを機に、若い男と常州から来た男は「じゃあこれで」と腰を上げた。 「邪魔したか?」  去っていく二人の後ろ姿を見送って、魏領が尋ねた。大柄な体つきにいかつい顔をしているが、気のいい男で腕もいい。三十半ばくらいに見えるが年を訊いたことはない。
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