序章  奇妙な主従

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序章  奇妙な主従

 周囲に不穏な気配が満ちても、背中にかばった人物は落ち着いていた。  小さく聞こえる呼吸がいつも通りなのを感じ取って、李萩明(りしゅうめい)はそのことに安心する。声を低くして背中に囁いた。 「俺が正面の男を斬ったら、大通りまで真っ直ぐ走れ」 「わかった」  同じく囁き声の返事。余計なことを何も言わず素直に指示に従うつもりだ。   肝が据わっていると思う。  萩明が背後にかばうのは若い娘だ。  いや、本当は娘なのだが今は男子の扮装をしている。  二人の周囲を囲むのは男女合わせて六人。さっきまで町人風に装っていたのをやめて、ひと気のない裏路地で二人をじりじりと囲もうとしている。  一体何が目的なのか。二人とも旅支度の簡素な身なりで金を持っているようには見えないだろうし、朝のまだ早い時間で娘をかどわかすには不似合いな状況だ。  正面に立っている男がそれでも顔だけは愛想笑いを浮かべた。 「ほらほら哥(にい)さん、俺たちは乱暴なことはしたくねえ。そっちの姑娘(くーにゃん)とちょいと話をさせてもらいたいだけなんだ」  萩明はほんのわずか眉を寄せた。  男の服装をしているが実際は娘だと気がついているらしい。質素な服装をしていても娘の顔立ちが整っていることは隠しようがない。  昨夜のうちにどこかの路上で目をつけられたかと萩明の警戒心はますます上がった。人さらいは頻繁に横行しているが、こんな早朝から仕掛けてくるなど滅多にあることではない。  隣にいた小男が調子を合わせる。 「そうだよ、ちょいと半刻、そこらの茶屋で待っててくんねえかな」  そんな白々しい台詞が通らないほどの鋭い気配を漂わせて何を言うか。萩明はふうとため息をついてみせた。 「あいにくと俺はこの人に雇われているんでね、側を離れるわけにはいかないんだ」 「ほお、お前さんは何者だい?」 「護衛さ」  護衛と聞いて正面の男が低く笑う。萩明の旅姿から見てそんなことは先刻承知していただろうが、護衛くらいどうとでもなると思っているらしい。
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