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きみと紡ぐ歌
翌日、隣町の公民館に僕らは列車で向かった。公民館設立百周年の音楽祭だ。高文連の練習も兼ねて僕ら合唱部は参加した。
指揮台に立つと、背中がじわりと汗ばむ。いつものことだ。部員、そして演奏者に目で合図をして、タクトを振る。身体に音を取り入れ、旋律をコントロールする。
仲間たちの声に彼女の歌声が混じっているのがわかる。声には色がある。僕は幼いころからそう感じていた。
彼女の声は冬の始まりの空のような淡い色。歌に合わせて濃淡や色が表われる。僕はいつも指揮棒をふるいながら、その変化を聞きわけていた。ピアノの響きをとらえながら、彼女の声に集中した。彼女のソロが近づいている。
音が止む。彼女が声を出した。
いまの彼女は、頼りなげだ。この弱さならひとりでは歌えない。彼女の眼を見て、僕は口を開いた。声は出さないが、歌詞を紡いだ。
彼女の頬がピンクに、やがて薔薇色に染まる。
どこまでも甘く、けれど媚びない芯のある声が会場に響き渡った。観客が息をのむのが背中越しに伝わってきた。無垢で可憐な彼女の声が、僕の身体のなかに染み込んでくる。
合唱を終え僕たちは舞台袖に向かった。部員たちに抱きつかれている彼女を、僕は遠くから見つめていた。観客席からは拍手が鳴りやまない。
もう、きみは僕のものではない。
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