コンプレックス

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散々歩き回って足が棒みたいだ。 休憩がてら、広子たちはショッピングモールの一角にある喫茶店に入った。 「今日はありがと、ルナ」 アイスティを一口飲み、礼を言う。 広子はさっそく着替えたアイボリーのトップスと赤いドレープスカート にちらりと視線を送った。 外面ばかりよく見せようとするなんて無意味だと思っていたが、 化粧をして可愛い服を着るとなんだか気持ちが明るくなる。 ただお茶を飲んでいるだけなのに、今だって、うきうきとしている。 「どういたしまして。てゆーか、あんたって手がかかるわね。  何処までネガティブなのよ」 ぶっちゃけ、めんどくさいって思ったわ。 ルナがベリーとライムの浮かぶ炭酸をストローで 無意味にかき混ぜ、苦笑いする。 「ごめん。でも、店員さんが褒めてくれるのって、  やっぱり服を買ってもらうためでしょ」 「そりゃ、商売だし、服を買ってもらいたいからケナさないだろうけどさ。  お洒落のプロとして純粋に、その人に似合う服を見つけて欲しいと  思って勧めてくれるんだよ。アンタはちょっと捻くれすぎ」 「そうかな」 寧ろ自分は素直な部類だと思っていた。 少なくとも、外面的にはそう見えるだろうと。 「そうだよ。ヒロくらい捻くれた子も珍しいわ」 だとしたら、きっと母のせいだ。 広子はグラスを傾けて、アイスティに浮いていた氷をがりがり噛んだ。 先生や他の大人に褒められて広子が喜んでいると、母はことごとく 「お世辞を本気にするなんて」と笑った。 その所為で、幼い頃は、自分は褒められるに値しないのだと 思って過ごしてきた。 小学校の小規模なコンクールで賞を取るだけではだめだ。 学校内のテストで十番以内に入ってもまだ足りない。 いつか、母をあっと言わせてやろうと努力してきた。 でも、母が広子を褒めることはなかった。 数値化された成績で自分は自分に自信を持っていいのだと 分かるようになってからも、やっぱり自信は持てなかった。 むしろ、教科書通りの勉強以外、自分には何も取り柄が無い のだと思うようになった。 気が付けば、褒められても素直に喜べない へそ曲がりの嫌な女になってしまっていた。 ルナの母親はどんな感じなのだろう。 聞いてみたかったが、プライベートなことを無遠慮に聞くのは 躊躇われたし、この歳になって親の話で盛り上がるのも変な感じがした。 「にしても、やっぱりコンタクトにしたらいいのに。絶対、変わると思う」 「マンガじゃあるまいし、大して変わらないって」 「いや、別人みたいになるって。だいたいさ、黒目がちで印象的な  目してるのに、分厚いレンズで隠すのは勿体ないよ」 「そんなものかなぁ。別に眼鏡でいいよ」 「勿体ないなぁ。まぁ、いいけどさ。ところで、この前、  彼氏が車でドライブに連れて行ってくれたんだよね。湘南の辺り。  ヒロ行ったことある?綺麗な所だよ」 彼氏、いるんだ。 なぜかがっかりした。 楽しそうに話始めたルナをちらりと盗み見る。 自分にはない女の匂いが、まだあどけなさを僅かに残した 美貌から漂ってくるような気がした。 「どうしたのヒロ?ぼんやりして」 「ごめん、なんでもない」 「ならいいけど。あっ、そうそう、ララと今度、海に行くんだよね。  水着新調したいんだけど、このあと付き合ってよ」 「うん、いいわよ」 「ヒロもついでに、ビキニの一つでも買えば?」 「私はいい。水着なんて着る機会ないし」  だいたいビキニを着る自信もない。 「なら、今度プールに行こうよ」 「考えとく」 ピチピチの女子高生と並んでプールではしゃぐアラサ―女。 想像しただけで笑えない。 曖昧に笑って、アイスティを啜る。 ガムシロップとミルクを我慢した冷たい紅茶は、どこか物足りなかった。 「ヒロってそればっかじゃん。ほんとに考えておいてよ」 ルナがおかしそうに笑う。 気安く笑うルナを前に、広子は彼女と友達になれたような錯覚を覚えた。 でもそれだけでは満足できなかった。 できればもっと特別な関係になりたい。 その特別な関係がどんなものかは分からなかったが、 とにかくそんな風に思った。
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