コンプレックス

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夕方過ぎにルナから突然ラインがきた。 「今日の練習は中止。また明日ね」 実にそっけないメッセージだった。 百合奈たちに言われた事が気になっていたので、 その日は九時すぎまで残業して帰った。 電車に乗る際、「何かあったの?」とルナにラインを送った。 暫く待ったが、何の音沙汰もなかった。 家に帰る頃には十時を過ぎていて、母はもう眠っていた。 暗いリビングで一人、買ってきた弁当をつついた。 結局のところ、自分は一人ぼっちなのかもしれない。 急に茉理に会いたくなった。 遠く離れた埼玉県で、彼女は今何をしているのだろう。 まだ仕事だろうか。それとも、気の合う仲間と飲み屋 にでも繰り出しているのだろうか。 昔から、素の自分で話ができる相手は彼女だけだった。 そんな彼女とも、あまりマメに連絡を取っていない。 「元気、何してるの?」 寂しさに耐えかねてメッセージを送ったが、既読にすらならなかった。 広子は立ち上がって、MDデッキで課題曲のデモテープを再生した。 淡々とした歌い方で、仄暗い旋律が紡がれていく。 最初は機械みたいな歌い方に違和感しかなかったが、 今はこのほうが、先入観にとらわれず曲のイメージを 膨らませる事が出来ると思う。 眩しい過去に囚われて、一歩も踏み出せず、 それを心地よくすら感じている――。 この歌に描かれているのは自分だ。 不毛な状況から抜け出すのか、 それとも心地の良い底部安定に沈んでいくのか。 その先は歌詞には明示されていない。 歌いこんでいくうちに、自分なりの答えを見つければいいと思った。 ルナや百合奈たちのことを忘れ、広子は一人、 黙々とボイストレーニングと歌のレッスンに励んだ。 その傍らで、自分改造計画の特訓も進める。 仕事とちがって歌の練習をしているときは時間が驚くほど早く過ぎる。 くよくよした気持ちを思い出す暇もなく、いつもベッドに入る時間になった。 頭だけではなく、喉や腹筋など体を使っていたおかげかもしれない。 心地よい充実感が心身を満たしている。 広子はささやかな満足感と共に眠りについた。
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