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何気なくドアから美加が入ってくるのを見ていると、その後ろから見知らぬ二人の女の人が入ってきた。
「お父さん、こないだ話していた訪問介護の人よ。嫌かもしれないけど、話だけでもいいから聞いてみてもらっていい?」
俺は何が起きているのか一瞬では理解できなかった。それ以上にそれすらもどうでもよかった。
「松村さーん、初めましてー。私は、なかむら、と言います」
「私は、よしだ、と言います。今日はよろしくお願いしますねー」
住み慣れた家の空間にはなかった独特のゆっくり丁寧な話し方。美加と孝久もゆっくり話しかけてくるが、それとは違う他人感に不思議な恐怖心のようなものも覚えた。
「松村さーん。床ずれを見たいのでちょっとオムツを外しますねー」
俺はあまり記憶にないが、その時は気を使うような笑顔をちらほら見せていたらしい。
それからその場はただただ慌ただしくなった。どうやら床ずれが想像以上にひどく、骨が見えていたらしかった。また、食事を取っていなかったこともあり、俺の反応が鈍かったのも気になったらしかった。
「松村さーん、今から救急車で病院に行きますからねー。
まずは治療してもらいましょうねー。治療してもらって元気になった方が今より楽になるからねー」
それからのことは記憶にない。ただ、目を覚ましたときは病室のベッドにいた。
「・・じゃない?
じいちゃん、わかる?孝久だよ」
不思議と起きた時は頭がスッキリしていた。そして、孝久の顔を見て笑顔になっている自分に気づいた。
「迷惑かけたね」
「うわ、声がしっかり出てるっ」
病室にいながらも、美加と孝久しかいないこの空間に自然と気持ちは落ち着いた。二人が何の話をしながら楽しそうにしているのかわからなかったが、その様子を見ているだけで面白かった。
「今、何時だ?」
「もう8時過ぎてるよ」
「もう帰る時間か?」
「あー・・、僕達はもう少ししたら帰るけど」
「遅くなる前に早く帰れよ」
そんなやり取りをしていると、
「あっ、松村さん起きたみたいですね」
と、女の看護士が入ってきて話し始めた。
「検査したらかなり栄養が足りてなかったみたいなので、今日は点滴をしています。今日は担当になる先生がいないので明日以降に状態を説明したいと思いますので。
あと、入院の書類がありますので誰かご家族の方・・」
「・・あ、私が娘ですので、私が」
「それじゃあ娘さん、こちらによろしいですか?」
美加とその看護士は部屋を出ると、孝久と二人で時間を過ごした。
孝久と話している時は、ここしばらくにない感覚だった。起きあがる事は相変わらずできず、孝久の話を理解できるわけではない。だが、ただただ楽しかった。
「ーーそれじゃあ、じいちゃん。僕たち帰るから」
「明日も来るか?」
「僕は来れないかも・・」
「お父さん、明日は私が来るから」
「よかった。それなら気をつけて帰れよ」
俺は死ぬ最期まで入院することはないだろうと思っていた。だからこそ、夜中に家族と離れる時間は不安しかなかった。
娘達が帰った後も病室の電気はしばらく点いたままだった。静かな一人の夜。早く家に帰りたい。いつ帰れるだろうか。そんなことばかり考えていると、いつの間にか眠りに就いていた。
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