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「ーーお父さん、今日はもうお腹いっぱいかな?」
俺はこの日、声を出すのもきつかった。
入院してから3週間が過ぎた頃だったらしい。1週間前から微熱がありながらも食事は継続していたが、前日の食事でむせてからがあまり調子が良くない。
「ゼリーだけでも食べようか?」
俺はまた首を横に振る。だが、美加がせっかく頑張っていることを思うと、自分も頑張らなければと少し間を置いて口を開けた。目は閉じたままに。
唇にスプーンがあたった。それからゼリーが舌に乗る。
だが、俺の呼吸と合わなかった。
息と同時にゼリーを吸ってしまった。息ができない。
必死に咳をして何とかゼリーを吐き出すと、息を吸えた。だが、詰まった感じは残る。
翌日。
「松村さーん、朝ごはんは食べられそうですかー?」
俺は誰とも話したくなかった。顔をしかめて首を横に振った。何も考えたくなかった。相変わらず何か詰まった感じはあった。眠れないがずっと眠気があった。
この日くらいからあまり記憶がない。たまに美加や孝久の姿を見たくらいか。ほとんど話した記憶もない。
これはいつの記憶だったか・・。
「ーー孝久、誰もいないぞ」
「ごめんね、今日は遅くなっちゃった。孝久は?」
「どうだったか・・」
「暗い、あそこに人がいるのか?」
「隣の人よ」
そして、入院後1ヶ月ほど経ったある日のこと。俺は病院を出ることになった。
何となく記憶しているのは美加が俺の手を握ったまま、俺に布団をかけてくれたこと。
「お父さん、手が冷たくなってきたね。寒いでしょ?」
「ん・・」
「布団かけておくよ」
「ん・・」
そこまでは記憶している。だが、そこから先は記憶にない。
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