1 配役

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 案の定、全然授業内容が頭に入って来なかった。  それもそのはずで、授業開始時の雑談で教授が繰り出した『文化祭』のワードにつぐみちゃんがやけに食いついて、実行委員会のあれこれを私に聞かせてくれたからだ。そしてその反対隣の白崎さんにも控えめに話を振る。直後に私になぜか微笑みを向ける。既にこれが授業前半。  授業中盤から後半にかけては、つぐみちゃんがルーズリーフの隅にメッセージを怒涛の勢いで伝えてくる。「今日の実行委員会楽しみすぎてやばい」とか「白崎くん真面目だ笑」などの文字が湯水のように湧き出る湧き出る。もう疲労困憊だった。  ようやく授業が終わったが、体育の授業後のようにげんなりとして暫く魂が半分出てるような気がした。席を立たずその場でぼんやりとしていると、袖の裾をちょいちょいと控えめな力で引っ張られ、はっとする。慌ててリュックにプリントとルーズリーフの紙束を突っ込もうとしたら、今度は手を引っ張られた。 「待って、月下」 「うえ」  白崎さんの恐る恐る呼びかけた声とは正反対に、条件反射で情けない声が出る。もっと可愛らしい驚き方をすればよかったか、と思ったが致し方ない。 「さっきの、授業始まる前の話なんだけど」  授業内で忘れてくれたものだとばかり。このタイミングで続けられるのは勘弁して欲しい。隣でつぐみちゃんがスタンバイしている。しかも、この次も教室が使われるようで、わらわらと人の出入りが激しい。動きが止まっているのは私と白崎さん、つぐみちゃんの三人だけだ。 「紫ちゃん、早く行こうよ」  つぐみちゃんが私のもう片方の腕を引っ張って急かしてきた。茶目っ気のある仕草で赤ペン花丸だ。むしろこっちの方が力強い気がする。 「じゃあ、そういうことで」  ここはつぐみちゃんのご好意に甘えよう。白崎さんの手をやんわりと振り払う。何か言いたげな彼に後ろ髪が引かれる思いがしたが、今度こそ教室を出た。 「ゆーかーりーちゃんっ」  名前を呼ばれるともう嫌な予感しかしなくなってきた。つぐみちゃんは教室から出た途端、腕をゆっくりがっちり絡ませてくる。特有の距離の詰め方が尋常ではないタイプと見た。 「……どうしたのいきなり」  聞き返した私は、この後彼女にとんでもないことを言われることになる。
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