0 舞台袖

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 朝に白崎さんに会ったその日の帰りのこと。 「紫ちゃんっ。久しぶり」  校門を抜けようとした時に後ろから声をかけられた。振り向くと、同学年の菊原(きくはら) つぐみちゃんが立っている。ここしばらく顔を合わせることが少なかったが、私の見る限り特に変わらない様子だ。 「久しぶりだね。えっと、元気だった?」  たたっと隣まで走ってきた彼女に対してうまいこと会話の切り出し方が浮かばず、形式的なものになってしまった。まるで覚えたての英会話を教科書からまるごと引っ張ってきた感じだ。 「元気、元気。ただ、最近委員会とかの打ち合わせがバリバリ入っちゃって忙しくて」 「そっか、もうそろそろ文化祭だもんね」  私が放った言葉に彼女が疲労がまじった声音で相槌を打った。ちらりと彼女の手提げ鞄の中が見えたので、それとなく見てみるとA4サイズほどの茶封筒がいくつか入っている。手前の物には『文化祭実行委員会 議事録』と書かれていた。さすがは書記と言ったところか。 「これから買い出しに行くんだけど紫ちゃんも一緒に行こうよ」 「え、あ、うん」  密かに感心していた時に急に提案され、私は反射的に了承の返事を口にしていた。決して嫌だったわけではないのだが、今日はなんとなく早く帰りたかった。  そのまま私達は学校の最寄駅に向かった。彼女に聞いたところによると、文化祭で使用する色紙の調達と個人的な趣味のファッション雑誌がお目当てらしい。  色紙は希望しているものが見つからず今日のところは見送ったようだったが、雑誌の方は最後の一冊だったところを運よく発見し、満足そうな顔をしていた。 「まさかのラス1ゲットできるとは! マジでびっくりしちゃった」 「見つかってよかったね」 「ほんとそれ! もう奇跡だよね」  余程嬉しかったのかつぐみちゃんは雑誌を両手に持って控えめに跳ねる。大変女の子らしい仕草だ。 「そうだっ。このままご飯食べちゃおうよ。ね?」  このまま帰れるとほっと心で息をついていたのだが、相手側からまさか二度目の提案。あれよあれよという間に、次はフードコートへと向かうことになった。
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