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話したくない出来事だが、ある程度関係者の凜には伝えないと。ここまでさせておいて、『もう大丈夫、ありがとう』だけで返すのはさすがに申し訳ない。でも、決して楽しい話でもないからな。
きらきらした透明なサイダーを見ながらそんなことを考えた。
「良いってほんとに。無理に喋らなくて」
「なんか、なんかもやもやしてるし、少しイライラもしてる、のかも」
べこべことペットボトルを凹ませる。炭酸の小さな泡が浮かんで、水面上でぱちぱち消えた。凜は私の手元を見ながら、一瞬動きを止める。そのあとすぐに私の顔を見て首を傾げた。
事態が急展開を迎えたのは、凜が帰って小一時間ほど経ったころだった。天候は一気に土砂降り。体育館に大きな雨音が響き始める。この様子だと外での出し物は厳しいだろうなと思った。それからまもなくして、目玉のキャンプファイヤーはやむなく中止になったと委員会の放送が知らせた。
体育館にはぞろぞろと人が入ってくる。抽選会はここで行われるらしい。ステージの上には、おなじみの回転式抽選器と景品達が鎮座している。おそらく、キャンプファイヤーの余興として準備していたんだろう。ゲーム機だったり、某有名遊園地の招待券だったりと上位景品は意外と豪華な代物だ。
オレンジ色と黄緑色のウィンドブレーカーの人達が、一人一人に紙切れを渡している。抽選会で使うものだと想像出来たが、遠目からでは詳しく分からない。
私を含めた四人は、二階の通路からこっそり降りた。……と思っていたのはたぶん私だけ。ステージ前に着くや否や、白崎さんとつぐみちゃんがいないのに気づく。隣には浅草さんだけで思わず二度見した。
あ、あまりにも気まずすぎないか。ほぼほぼ初対面の人といきなり取り残すのは勘弁して欲しい。辺りをきょろきょろ見回していたから、浅草さんに「どーかした?」と不思議な顔をされた。
「あの二人ならステージ裏に向かってたよ」
「えっ」
「気になる?」
にたりと悪そうに笑う浅草さんに、思わず面食らった。なんだ、なんだその笑みは。
「気になるでしょ」
もう一度確認された勢いに負けて、こくりと首を縦に振る。
「行ってみたら? 代わりにあの紙貰っとくからさ」
ほらほら、と半ば急かされる。悪い気がしながらも気になるのは少しばかり本当なので、ステージ裏へと向かった。
ステージ裏は普段、体育用具の倉庫と化している。今回は文化祭のためか暗幕のカーテンが垂れ下がっていた。ただでさえ外の天気が悪いのに、ますます暗い。カーテンをかき分けても中は真っ暗だった。電気のスイッチは見当たらない。かろうじて、折りたたまれた卓球台が右手に見える。無闇に動かないことにした。
「どうしたんだ、菊原。なにかトラブル?」
この声は白崎さんだ。前方から聞こえてくる。よくよく目を凝らすとうっすらとそれらしき人影が。ここまで来ると、さすがの蛍光色ウィンドブレーカーも型なしだ。
「……うちね、白崎くんと一緒に過ごしていきたいなって思ってて」
次に聞こえてきたのは紛れもなくつぐみちゃん。だけど言ってることが分からない。
「実行委員になってから白崎くんと話すようになって、色んな作業したり、廊下で会った時も挨拶できるようになって。白崎くんって本当に優しくて素敵な人だなって」
待って。本当にいきなり何の話?
この手の話は私がフードコートで聞いた。つまりは、たぶんそういうことなんだろう。
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