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「男の人、として気になるっていうか。その、白崎くんのこと好きになっちゃった」
ほら。そういうこと。
ただ、いつものつぐみちゃんに比べれば随分としおらしい。そりゃそうだ。自分が主役の一世一代の大舞台に立ってるんだから。緊張だってするだろう。
私は、このやりとりをただ黙って見ていた。身体の内側から心臓がどくっと大きく響いているけれど、この状況をどこか冷静に捉える自分も居て妙な気持ちだった。
長い沈黙が流れる。もしかしたら、時間にしてみれば短い時間だったのかもしれない。
「そうなんだ」
白崎さんの穏やかな声が沈黙を破った。だけど、それ以降の言葉は聞き取れない。何やら会話を繰り広げているようには見える。すぐにステージ上のアナウンスと拍手で見事にかき消されたので何も分からないままだった。
「ほい」
「うあっと、あ、ありがとうございます」
いつの間にか後ろに来ていた浅草さんに驚きつつ、反射的に何かを受け取る。たぶん抽選会の紙だ。意外と厚手。よくよく見てる余裕はなかった。白崎さんとつぐみちゃんの人影から目が離せない。
「何やってんだあの二人」
「抽選会の打ち合わせ、とかじゃないですか」
「あー、なーるほど?」
珍しくそれらしい理由をでっちあげることができた。この返事に、浅草さんはちょっとだけ背伸びをして中の様子を伺う。
「……じゃあ、戻ろっか」
歓声と雨音の合間を縫って何とか聞こえたのは、そんな言葉だった。これまずいまずい。これまずい。
「ま、早く出て下さい」
「なんでなんで」
「いいからっ。早く出て下さい」
ぐいぐいと浅草さんを押したから、後ろのカーテンが大きく揺れた。レールの擦れる音で完全にバレたのか、影が近づいてくる。
「あれ? 浅草くんたちも来てたんだ」
明るい体育館のライトに照らされて、顔がはっきり見えた。白崎さんよりも先につぐみちゃんが気づいたらしいのがまた災難だった。
彼女につられて、白崎さんも後ろから現れる。私と目が合うと、あからさまにぴしりと固まってすぐに顔を伏せた。
「急に居なくなると気になるっての」
ねえ? と浅草さんに話を振られ、どんな顔をしていいか困った。顔を見られないように小さく「はい」と答えた。
「ごめんね。ちょっと白崎くんと用事があって」
「悪い」
「ま、そんな気にすんなよ」
白崎さんがバツ悪そうに謝る。浅草さんがそんな白崎さんの肩を組んで、ばしばしと叩いた。そのままステージ裏から抜けて、観客のいる体育館へと歩き出す。
「紫ちゃんのおかげで、すっごく助かっちゃったっ」
置いてかれた女子二人組になった時、こっそりと嬉しそうに言われた。それにしても、つぐみちゃん。私がいつ来てたか聞かないあたり、もしかしたら分かっていたのかもしれない。
「そうなんだ」
ああやだ。さっきの白崎さんと同じ返事しちゃった。
「うん、やっぱり持つべきものは友達だよねー。浅草くんと紫ちゃんもお似合いだよ?」
すぐ近くでつぐみちゃんが囃し立てるのに、ずっと遠くに聞こえた。何も返せずにいると、満足したつぐみちゃんが先に歩く二人に向かって駆け出す。私だけ完全に別世界だった。
「月下」とあの声に呼ばれるが、聞こえない。何も聞こえないフリをした。
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