39人が本棚に入れています
本棚に追加
「ごめんね、お手数おかけします」
「全然。謝ることないよ」
私たち以外誰もいない空き教室。白崎さんがカバンをガサゴソ漁る音だけがよく聞こえた。
「体調はもういいのか?」
「えっ。まあ、おかげさまで」
答えた時少し心が痛んだけど、白崎さんは「良かった」といつもの笑顔だ。尚更心が痛い。それ以降私も続ける言葉がなくて、黙って待っていた。しばらくすると、「あった」と呟いた白崎さんがクリアファイルごと取り出した。
「ちょっと折れちゃってるかも」
「大丈夫、ありがとうございます」
「うん」
プリントを受け取ったのは良いが、白崎さんが何か言いたげにしている。
「あの?」
私が首を傾げて相手の出方を待つと、意を決したのか白崎さんがぐっと私と視線を交えた。
「なあ、どうしたんだ。こないだから」
「どうしたって何がですか」
申し訳ないが、その質問には答えられない。答えたら自分がなんかもう、崩れてしまいそうな気がする。砂糖菓子みたいにとまではいかないけど、ほろほろと土へと還っていきそうだ。
「避けてるだろ、俺のこと」
「そんなことな」
「いわけない」
まだ最後まで言っていないのに、白崎さんは私が言おうとしていた結論を簡単に変えてしまった。そういう真っ直ぐなところが羨ましい。だけど、今はそれが恨めしく思える。
「俺は、もっと月下のこと知りたいんだけど」
「は」
いや、ちょっと。待って欲しい。それは嬉しくもあるけどなんというか、今は本当にしんどい。ただただひたすらしんどい。
話せるものなら私だって、貴方ともっと話してみたいしもっと貴方のことを知りたいと思う。でも、それはできない相談だ。
だって、つぐみちゃんが。
「そう言われましても」
代わりにどうにかして紡ぎ出した返答は、なんとも情けなくなった。口から出てきたたった九文字は、後半につれて段々と小さくなる。
これではまるで、情に訴えかけているみたいだ。きっと今の私は相当な悪女に見えるに決まってる。少なくとも、私が客観的に見たら色んな意味でいい女には見えない。
「月下?」
そんな悲しい顔で見ないで欲しい。泣きたいのはこっちだ。本当に自分で自分が嫌になってくる。いっそこのまま泣いてしまおうか。
私はそれ以上は何も言えず、その場から走り去ってしまった。
最初のコメントを投稿しよう!