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例の空き教室に着くと、白崎さんはスマートフォンをかこかこ操っている。彼の他には誰もいないようで、ぽつんとひとりだった。
「白崎さん」
教室の後ろから小さく名前を呼ぶ。パッとスマートフォンを置いて白崎さんがこちらを向いた。
「月下」
どこかぎこちなさを覚えるが、安心したような笑みだ。私を呼びながら手招きをしている。どうしようかと思ったが、からくり人形のようにガチガチに固まりつつも近づいた。白崎さんの座っている席からひとつ空けて座る。椅子を動かすとギイっと床を引きずる音が響いた。
「悪い、いきなりガンガン電話して」
「ううん。あの、私がプリント貰っておいてあんな態度を取るから」
「そんなそんな。貰ってくれて良かったよ。実は電話終わってから、やらかしたって思ってさ。月下は優しいから俺に気を使ってくれるし」
「全然。優しくない、から……そうだ。じゅ、授業出てた?」
何となく広がり始めた微妙な沈黙に耐えられないと察して、取っ掛りを口にした。当たり障りのない話題ってこれしか思いつかなかった。
微妙な話を振っても、白崎さんは控え気味に笑って答えてくれる。
「こっそり遅れたけどな。月下は一番前で受けてたね。教室入った時、先生にイジられたって?」
予想外の返答に加え、改めて言われると気恥ずかしい。自分の足元を見ながらひぃっ、と思わず声を出すと白崎さんが吹き出した。
「彰良たちが言ってたよ。俺も見たかった」
気まずさ最高潮な出来事があってそんなあっけらかんと。勝手に気まずい空気にさせたのは私だけど。
「浅草さんめ」
「そ、彰良。サボり魔だけどさすがに今日は出てたっぽい」
「そうだったんですか」
あ、会話終わってしまった。どうしよう。あれこれ頭の中は忙しくさせた私だが、いくら考えても持ち駒は無い。
私の事情を知ってか知らぬか、おもむろに白崎さんが席を詰めた。隣同士になったとはいえ、大教室の椅子とは違って若干の距離はある。そう安心をしていたのも束の間で、ぐっと顔をのぞき込まれた。
「な、なん」
「彰良のこと、好きになっちゃった?」
聞いたと言うよりは、さっきの電話と同じ確認作業のようだった。でも、どうしてそんなこと聞くんだろう。
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