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「なんで、そんなこと」
ようやくそれを口にする。蚊トンボレベルの声でも、この距離では充分な声量だった。
「そんなことじゃないよ。俺にとっては」
「へ」
何かがおかしい。
「俺、月下のことは譲れなくてさ」
なあ、ともう一度顔をぐっと寄せられたが、もう無理だ。ふいっとそのまっすぐな目から逃げた。
「俺じゃだめか?」
はて。今、なにがどうなってる。確実に言えるのは、もう私のキャパシティが臨界点だったってことだ。だめか?ってなんだ。どういう意味で聞いてるんだ。私が都合のいいように考えていいとしても、とても苦しい。
勝手にぼろぼろと涙が零れてくる。こんな時、凜がいてくれたらな。ないものねだりばかりしてもしょうがない。
「そんな、こと聞かれたって」
「ん?」
「つぐみちゃんに告白されてたじゃ、ないですか。しらさきさん」
完全に泣きじゃくり始めた私に、ぎょっとした様子で目をまん丸にする白崎さん。そりゃそうなりますよね、すみません。謝ろうとしたが上手く言葉にするまでに時間がかかった。
「だって、つぐみちゃんが。文化祭の時、倉庫で、雨降ってて、その時に、あの」
代わりにこんな本音ばかり口から飛び出てくる。ほら。私は本当に可愛くない。気持ちと行動が全然伴わない。白崎さんが一瞬合点がいかない様子で、首を傾げていたがすぐに察したようで「えと」と掠れた声を出した。
「文化祭のって。もしかして、やっぱり聞いてたのか」
私は何度もうなづいた。めそめそと弱々しいこれぞ悲劇のヒロインって感じがする。さすがにやりすぎだろう。いくらつぐみちゃんでもここまではしないはずだ。でも私は今、演技で泣けるほどの気持ちの余裕は無い。本当に辛い。それだけだ。
「月下。違うんだあれは」
「ごめんなさい。本当にごめんなさい。聞きたくないんです」
最後の最後まで私は可愛くなかった。
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