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教室の前方ドアが開く。やっと先生が来たかと思いきや、複数の人。おまけにがやがやしている。最後に入ってきた人がこちらに手を振ってきた。相も変わらず柄シャツで、今日は季節外れのハイビスカスだった。そこだけ南国情緒な香りがする。
「月下ちゃんだ」
「ぎ。おつかれさまです、浅草さん」
自分の口から奇っ怪な低音とテンプレートな挨拶が飛び出す。ぎってなんだ、ぎって。あっちもあっちで月下、ちゃんって。
指折り数えられる回数でしか会ってないのに、この距離の詰め方凄いな。この言葉を使うのはあまり好きじゃないけど、恐らく『陽キャ』ってこんな感じだ。目がしぱしぱしてきた。
というか、この授業に居た事実に驚いた。こんな大所帯でいたら目につくはずなのに、いかに自分と接点がなかったか分かる。もしかしたらサボりのつけが回ってて、出席し始めたのかもしれないけど。
「お、なに。今日はお友達と一緒?」
「一緒の授業なので」
浅草さんは「真面目な答えだなあ」と眉根を下げて笑った。
「やっほ。こんにちは」
椅子を引きながら、今度は凜の目の前で手を振る浅草さん。
「……こんにちは」
凜が表情固く挨拶を返す。ガムを口の中でぎゅっと食いしばっているように見えた。
「文化祭の時居た子だよね? 名前聞いてなかったな。聞いてもい?」
「……柏木、凜です」
「凜ちゃんか。いい名前」
「それはどうも」
「お、なんだよ彰良。タイプなん?」
「ばー」
横から冷やかしに入ってきた友達らしき人が会話に参戦。柄シャツの友達は黒無地シャツ。個性豊かだなあ。
それにしても、凜のばーってなんだ。馬鹿とか言おうとしたのかな。頑張って途中でやめようと思ったならじわじわくる。勝手に上がりそうになる口角を必死で耐えた。
「お前そういうとこだぞ。マジでウザがられるの」
「うるせー」
浅草さんが大袈裟なまでに溜め息を吐いて、今度は自分のシルバーのネックレスを弄る。
なんというか、文化祭で浅草さんと合流した時の白崎さんに似ているなと思った。服装がとかではなくて、友達に対する態度が。意外としっかりしてそうに見える幻覚。
不意に黒無地シャツの友達と目が合った。話しかけようとしているのは口の動きで察せた。
「駄目。月下ちゃんには相手がいるから、ね?」
チャラリと金属がぶつかる控えめな音がして、浅草さんは凜の机に頬杖をついている。教室に入ってきた時とは違う笑顔でこちらを見ていた。
「ん?」
な、なに。それは。
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