7 カーテンコール

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 続けて聞かれた「俺の事、なんか聞いてる?」には、正直答えていいか迷った。あまり詳しく言いたくなかったので、「うん」と口を閉じたまま返す。 「そっか」  白崎さんはその後、なにか言おうとして迷っているようだった。口を薄く開けたり閉じたりしている。 「菊原には申し訳ないことしちゃったな」 「それは」  ないと思う、けど。  私がここでつぐみちゃんの気持ちを勝手に言っていいのかわからないから、やっぱりここは黙っておこう。 「あの時で俺断ってるんだよ」 「えっ?」  自分でもびっくりするくらい大きな声が出た。たぶん研究室エリア全体に響いたと思う。私の一番近くの扉の奥から「なんだなんだ」と外を気にする声が聞こえてきた。大変ご迷惑をおかけしております。 「こんなとこで話す内容じゃなかったな」  白崎さんにも聞こえていたみたいで、気まずそうに苦笑いを浮かべていた。どこか別の場所がないかあたりを見回したけど、手ごろな部屋は見当たらない。せめてもの折衷案として、研究室エリアから少し離れて階段の踊り場へ。 「な、なんで?」  紙に書いたらきっとガタガタな筆圧のミミズが走ったような文字になるんだろうな。声量を抑えようとした上に動揺が混ざって、震え声になった。 「俺、好きな人いるから」 「そ、そう言ったの? つぐみちゃんに?」 「言ったよ」 「言ったんだ。そっか、うん」  何この会話。ただ白崎さんの言葉を繰り返すだけの機械みたいになってる。自分で口にする分、尚更脳で消化しやすいのがまた憎い。  ともかく。初期も初期の段階で振られておいて、あの態度とあのお菓子ってことなんだな。余程自分に自信があったのか、はてさて。女心は複雑だ。さすがにそこまでは神の、いや彼女のみぞ知るって感じか。 「聞かないのか? 俺の好きな人誰かって」 「あ、」  つぐみちゃんの今までの言動が走馬灯みたいに頭がいっぱい流れてて、そんなこと考えてる場合じゃなかった。白崎さんの別の意味で余裕がなくなってきたけど。体温がぐっと上がった気がする。  なんだか落ち着かなくなって、つい自分の髪に手を伸ばした時だった。 「俺は月下のことが好きだ」 「ぅあ」 「月下のことが好きなんだ」  え。 「最初のグループワークの時、頑張って話しかけてくれるなあって思った。そっから見かけたら話せるようになって、その日話せたら嬉しくなって、時々照れた感じで律儀に返事してくれるのも可愛くて……なんで上手く言えないんだろ。もっとこう、なんて言えば伝わる?」  こんなに饒舌に話す白崎さんを初めて見る。最後のは私に向けて聞いたのか、それとも自分に聞いたのか。そのまま「うあー」と小さく唸って、その場でしゃがみこんでしまった。  そこでハッとした。ようやく金縛りが溶けたみたいだった。動き始めた足で、咄嗟に目の前の白崎さんに駆け寄る。 「悪い、急にこんな沢山喋っちゃって。ほんと格好つかないな」  私も同じようにしゃがみこんだら、白崎さんは伏せた顔を覗かせた。眉を八の字にして困ってるのを見てると、こっちが不安になる。 「そんなことない」
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