0 舞台袖

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「白崎、さん」  彼の名前をナントカの一つ覚えみたいについ繰り返してしまった。彼女と面識があるとは露知らず。 「委員会の仕事とかで最近よく話すようになったんだけど、もうすっごく優しくて! この間なんか廊下で会ったら手、振ってくれてさ! もう優しいしかっこいいもんね!」  それはそれは嬉々とした様子で話し始める。たぶん、雑誌が見つかった時より嬉しいんじゃないだろうか。口は本格的にそして饒舌に語り始めたが、オムライスをスプーンで掬っていた彼女の手は完全に止まった。それに引き換え、私はやっと本格的に目の前のうどんにありつける。    そういえば、今朝私が廊下で会った時、白崎さんが何かファイルを小脇に抱えていたような気がするけど、なるほど委員会関係か。彼とは話す関係にはなったとはいえ、正直何も知らない。  いや待てよ。挨拶してくれたことを優しいとするのは少し飛躍しているような。そんなこともないか。 「白崎菖悟くんって言うんだよ。あれ、写真あったかなあ」  つぐみちゃんは、スプーンを置いて自分の鞄の中からスマホを取り出した。もう食べる様子がない。何度かスマホに指を彷徨させたのちに「これこれ」と画面を突き出してくる。  柔らかい橙色の照明に広い座敷に大人数。恐らく運営委員の決起集会、という名の飲み会だろう。その写真は拡大され、画面いっぱいに栗毛色の短髪、紺の薄手のセーターの男性が映る。はにかむようにピースサインを添えているその人は、数時間前話した白崎菖悟さんだった。 「あと白崎くんのお友達もね、挨拶してくれるようになってさ」  いきなり誰だ。そしてどれだ。今朝の私の後ろで声をかけていた人のこと? というか、今更だが白崎さんにはもっといいとこが多分あるんじゃないか? そんな疑問が顔に出ていたかどうかは確認しようがないが、つぐみちゃんはお構い無しにスマホを鞄にしまう。 「でもなあ、うちは白崎くんの方がいいかなって」 「何が」  やや食い気味に言葉を返してしまった。本当に何をどう思って白崎さんの方がいいのかわからなかった。 「彼氏にするんだったら、うちは白崎くんがいいなって思ったの」  
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