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「どうした?」
凜との話の内容を頭の中で復習していたら、対面席の白崎さんから声をかけられた。不思議そうに首を傾げている。
「ごめんなさい、ぼんやりしちゃって。白崎さん、何にしますか」
「今めちゃくちゃ迷ってる。どれも美味しそうだよなあ」
白崎さんがメニューを眺めながら答えた。確かに全部食べたくなってしまう。また一緒に来れたらいいな。
凜と別れたあと『行きたいです』と返信して、そわそわしながら玄関口で待っていた。
授業終わりの白崎さんと合流。すぐに「行きたいとこある?」と聞かれたので、私は近場の洋食屋さんの名前を口にした。大学から歩いて行ける範囲にあるお店だけど、行ったことはない。帰りのバスで見かける度に、窓から微かに見える落ち着いた雰囲気の内装が気になってたところだ。
「紫は決まった?」
「二択まで絞って悩んでます」
「お。どれとどれ?」
私は、今開いているページから数ページ戻ってオムライスとミートソーススパゲティの写真を指さした。
「うわあ、どっちも美味しそうだな」
白崎さんが身を乗り出して覗き込む。目をきらきらさせたその顔は、男の子って感じがした。
「じゃあ、俺こっちにしよ」
「えっ。他のとかいいんですか」
「紫もどっちも食べれるし」
「あえっ」
何となく照れてしまった私を 楽しそうに笑ったまま白崎さんは呼び鈴ボタンを押す。機械的なベルの音が響いて、エプロンとバンダナをつけた店員さんがやってきた。
「えっと、オムライスひとつとミートソーススパゲティひとつでお願いします。デザートは今日良いんだっけ」
声のトーンを落として聞いてくれた白崎さんに一回頷く。
「また今度一緒に来た時の楽しみにします」
「わかった」
やりとりを聞いた店員さんがにこりと笑っていた。
注文も無事に終わらせて、水を一口飲む。すると白崎さんがふうっと小さく息をついた。
「なにかありましたか」
「ん? ああ、全然大したことじゃな……くはないか」
なんだろう。気になる。
「白崎さん、ねえ」
随分と含みのある言い方だ。そう言えば今日誰かさんに言われたなと思い返し、顔が浮かんだ。やっぱりエスパータイプなのかもしれない。
「なんですか、そのちょっと棘のある感じは」
「なんか他人行儀だよなあと思ってさ」
わざとらしく寂しそうに口を尖らせている。これはあまりよからぬこと考えてるとき。最近になってわかってきた顔だ。
「俺の名前、分かるだろ?」
なあ、とまた身を乗り出してきた。顔を覗き込まれてる気がする。そんなこと真っ向からされても困るだけなので、私はすぐに目線を下にそらして対抗した。こんなときまたメニューを開いてみてもただ食い意地がはっている人だと思われるだろうけど、この際どうでもいい。
「あ、すみません。デザート頼み忘れちゃった」
「さっき聞いた時大丈夫って言ってなかったか?」
そういえばそんなこと言ったな、私が。墓穴を掘るのが上手すぎる。
「ほら、呼んで欲しいな。だめか?」
やけに声音が甘くしっとりしてる。いじわるする時はだいたいこんな感じだ。単純に私が全く慣れないだけで。
「ま、待って、ください。心の準備」
「いいよ、待ってるから。いつでもどうぞ」
ニコニコとした笑顔を真っ直ぐに向けてくる白崎さん。いつでもどうぞもどうかと思うけど。
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