シークエル

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 頭を冷そうと水を飲もうとした。コップを傾けたら、がらりと氷がぶつかる。早くもほぼ空となったらしい。コップをぎゅっと握った。じんわりと手のひらに水滴が広がる。  また沈黙が私たちのテーブルを支配した。聞かない方が良かったのかな。私は頭の中で悶々と反省会の開催準備を始めた。  白崎さんの顔が見れずにいると、ほうっと小さな息をつくのが耳に入る。反省会の横断幕を高々と掲げた。 「ご、」 「違う。その、紫にじゃなくて。これは自分に対して」  謝ろうと頑張って顔を上げたら、慌てた白崎さんが首を振っている。 「ごめん、不安にさせてたの気がつかなくて」  白崎さんが謝ることないのに。 「浮かれてて肝心なこと言ってなかったんだな」 「浮かれてて」  ついつい復唱してしまった。同時に反省会を取り下げていいか脳内で審議が始まる。まだまだ疑心暗鬼だけど。 「俺はもうとっくに付き合ってるつもりになってたからさ」 「あ、はい」  反射的に味気のない返し。言葉とは裏腹に頭の中は忙しい。とりあえず、自己反省会の横断幕と会場は撤去段階に入った。今度はちゃんと言わなきゃ。 「私も……」 「ん?」 「私もその、つもりでした」  言葉を聞いた途端、白崎さんがゆっくり笑った。効果音を付けるなら、『にこり』より『にんまり』の方が良いかも。あ、これはやっちゃいましたか。時すでに遅しだ。 「ほんと?」 「う、あ、うん」 「もっと詳しく言って欲しいな」  ほら、やっぱり。白崎さんはもういつもの調子を取り戻したみたいで、余裕って感じだ。 「いじわるです」 「だって可愛いから」 「なんでもそう言えばいいと思ってませんか」  せめても反撃をしてみたけど、白崎さんの方が一枚上手で、「本当のことだからなあ」と悠長に構えてみせる。これはまた待ちの体勢だ。私もなんだかんだ言いながら、嫌じゃないのがまたなんというか。  私も付き合ってる、って思ってることです。  自分の言葉が口から出たのか、頭の中で留まったのかよく分からなかった。  とりあえず喉が渇いて仕方がない。冷たいお水ください。私の小さな祈りが届いたのか注文を取ってくれた店員さんがピッチャーと共に料理を一品持ってきた。 「お待たせいたしました、お先にオムライスでございます。お冷お足ししましょうか」  お店のテーブルでとんでもない空気流してしまってすみません。私はいつも以上にぺこぺこと頭を下げた。 「まもなくミートソースも出来上がりますので、お待ちください」  店員さんが軽く頭を下げてまた厨房の方へ戻って行った。 「お先にどうぞ?」  白崎さんがまだ一杯目のお水を飲みながら、目線でオムライスを促してくる。 「ううん。待ってます」  今度はお行儀よくしてよう。私は背筋をピンとさせて、両手を膝の上で重ねた。すると店員さんの言った通り、数分もしない内にミートソーススパゲティが運ばれてきた。 「お待たせしました」 「いえいえ」 「それから、改めて彼氏としてよろしくな」 「う、あえ、その、こちらこそ、よろしくお願いします」  懲りずに動揺してしまう私が一生懸命言葉を続けると、一瞬驚いたような表情を見せた。だけどすぐにとても柔らかい私の好きな笑顔になったので、良かったのかなとも思う。 「いただきまーす」  白崎さんが元気に声を上げて、ミートソーススパゲティを美味しそうに食べ始める。まだ暫くは恥ずかしくて名前で呼べないかな。  そんなことを思いながら、私も彼の真似をしてパクっとオムライスを口に運んだ。
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