0 舞台袖

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 聞き間違いだろうか。それとも私の耳が急に遠くなったのか。私は反射的に「んんぐぅ?」と言葉にならないものを発していた。うどんを口に含んでいたのもあったが、きっと咀嚼中でなくても同じ反応をしただろう。咳き込まなかっただけでも褒めて欲しいくらいだ。  何とか水で流し込んだ。  とにかく話を戻そう。数分前、いやまさに今さっきのことだ。  確か元カレの話を始めて、それから彼氏はしばらくいいと言っていたはず。私の目の前で「うんざり」と海外ドラマのようなオーバーリアクションで肩をすくめていたから間違いない。  それが『彼氏にするんだったら』とは。  手のひらをくるりと返すとかそういうレベルではない。 「ねえ、紫ちゃん。聞いてる?」  つぐみちゃんが目の前で手をぶんぶんと振っていて、我に返る。どうやらうどんを箸で掴んだまま固まっていたようだ。うまく取り繕うため、とりあえずニコリと口角を上げてみせる。 「ごめんごめん。で、なんだっけ」 「もうっ。だからうちと白崎くん。付き合ったらどうなるかな」 「ああ……」  もうこの話は終わりにしたい。  目の前のルンルン気分で話すつぐみちゃんと、白崎さんの二人が頭の中で交互にチラついて自分で何故かイライラしていた。  そんな訳で、私が彼女にどんな返事をしたのか覚えていない。  
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