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しまった。
一限目にだいぶ余裕を持って大学に着いてしまった。提出課題も珍しく締め切り前に仕上げて昨日のうちに出したものだから、急ぎでやることも無い。図書館で時間でも潰そうかなどと考えて、来た道を戻ろうとする。
そんな私、月下 紫は今日もあの人に会った。
廊下の向こうから颯爽と歩いてくる彼は、小脇に何やらクリアファイルを抱えている。腕時計をちらりと見たかと思ったら、ふとあちらが顔をあげたのでばっちり目があった。にこりと笑顔を浮かべて、ひらひらと軽く手を振っている。
廊下にはまばらに人がいたが、恐らく私に向けたものだと思う。そうでなかったら、既に控え気味に挙げてしまっているこの右手の立場がない。
「おはよ」
「おはようございます」
小走りで駆けてきた彼は、私のところまで来るとその足を止めて挨拶をする。ここでようやく自分に向けられたもので間違いなかったと安心できた。
ペコリと小さく会釈をすると、相手は何故か少し残念そうに、そして困ったように眉尻を下げて私を見る。
「そんな改まった感じじゃなくていいってば」
確かに同学年。普段一緒に居る友人と話すときはいわゆる『タメ口』なのだが、まだ話すようになってから日が浅くつい畏まった口調になってしまう。一応、努力はしているのだがどうも上手くいかないみたいだ。
「ご、ごめん。つい緊張しちゃって」
「へえ。そういうこと言うのか」
「あ、え、なんか気に障っちゃったかな」
珍し気にこちらをしげしげと見つめてくる彼に、いたたまれなくなってくる。この視線から回避しようと私は意図的に俯くことにした。
「いや、気に障ったわけじゃないんだけど」
何やら歯切れが悪い。おそるおそる相手の様子を窺うべく顔をあげた。
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