一線の向こうをいつの日か

1/1
前へ
/3ページ
次へ

一線の向こうをいつの日か

ふたりで飲み屋を出て、通りを歩いた。花屋が店じまいをしようとしている。 「ちょっと待ってろ」 店先に彼女を残して、花屋に入る。会計を済ませて店を出た。 「ほら、これやるよ」 「綺麗だなあ。ありがとうございます」 彼女にピンクの薔薇の花一輪を手渡した。 「朝ひとりで起きても、これがあればさみしくないだろ。これからは飲んだ夜はいつも花買ってやるからな。そして、いつか……」 彼女の肩を引き寄せた。加減がわからなくて俺の唇が彼女の耳元にふれる。石鹸の香りがふわっと漂う。この子は女の子であって女ではない、そう実感させられる。 「花がなくてもさみしくない朝を、ふたりで迎えよう」 彼女は黙ってうなずいた。酔いが回っているこの子に俺の言葉は届いただろうか。それとも夜風に吹かれて飛んでしまったか。 俺の言葉が彼女の心に沈んでしまえばいい。 このささやきを噛みしめながら、彼女が今夜、眠りますように。 明日の朝、彼女は薔薇を見てどう思うだろう。俺たちの間に起こったちいさな変化に気づくかな。 たとえ忘れたとしても、またきみに愛を秘めた薔薇を送ろう。 いつの日か一線を越えよう。たくさんの薔薇を抱えて。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

25人が本棚に入れています
本棚に追加