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一線の向こうをいつの日か
ふたりで飲み屋を出て、通りを歩いた。花屋が店じまいをしようとしている。
「ちょっと待ってろ」
店先に彼女を残して、花屋に入る。会計を済ませて店を出た。
「ほら、これやるよ」
「綺麗だなあ。ありがとうございます」
彼女にピンクの薔薇の花一輪を手渡した。
「朝ひとりで起きても、これがあればさみしくないだろ。これからは飲んだ夜はいつも花買ってやるからな。そして、いつか……」
彼女の肩を引き寄せた。加減がわからなくて俺の唇が彼女の耳元にふれる。石鹸の香りがふわっと漂う。この子は女の子であって女ではない、そう実感させられる。
「花がなくてもさみしくない朝を、ふたりで迎えよう」
彼女は黙ってうなずいた。酔いが回っているこの子に俺の言葉は届いただろうか。それとも夜風に吹かれて飛んでしまったか。
俺の言葉が彼女の心に沈んでしまえばいい。
このささやきを噛みしめながら、彼女が今夜、眠りますように。
明日の朝、彼女は薔薇を見てどう思うだろう。俺たちの間に起こったちいさな変化に気づくかな。
たとえ忘れたとしても、またきみに愛を秘めた薔薇を送ろう。
いつの日か一線を越えよう。たくさんの薔薇を抱えて。
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