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マネージャー
『そのままで居るのが、一番難しい』か。先生は、その友人の事で、悩みがあったんだろうか。
少し気にはなったけれど、自分の事情を話せないのに、踏み込んだ事を聞くわけには、いかない。先生に礼を言って、部活へと向かった。
部室へ向かう途中、マネージャーの山東を見かけた。そばにある水のみ場で、水を汲んだのか、重そうにウォーターサーバーを持っている。いくら陸上で鍛えていたとはいえ、水の入ったサーバーは、重い。女子一人では、辛いだろう。
「手伝うよ」
俺は、手に持っていたカバンを置いて、ウォーターサーバーを持つ。山東は、俺に代わりカバンを抱えると、礼を言った。
「ありがとう。でもさ。着替えなくて、いいの?」
「いいよ。届けたら、ダッシュで行くし」
「さすが。エースは違うねー」
そして、ピッタリと身を寄せてくる。ウォーターサーバーが、ガチャンと音を立てて、揺れた。
「……えっと、何?」
「あのさー。有吾くんってー」
もう、名前呼びかよ。山東の近すぎる距離感や、馴れ馴れしさに、腹が立つ。
「彼女とか、居るのかな?」
「さあね……」
『彼女』か。俺と有吾の関係をどんな言葉にすれば、正しいのだろう。友達とか、親友とか。そんな言葉じゃ、物足りない。
「夢吾くんと、荒瀬くん。二人は、友達なの?」
「……そうだけど」
山東の言動は、俺の心をざわつかせる。友達、なんだろうか。有吾から見れば、俺は。あんな事が、あっても……。
半年前の花火大会で、俺は有吾と、唇を重ね合った。
「友達、だけど?」
「ふうん。荒瀬くんって、友達と、あんな事するんだー」
「……あんな事って、何?」
心臓に、氷を押し当てられた気分だ。胸がチリチリと痛む。山東は、何か知っているのか?
あの夏の日、俺達が、何をしたのか。
「大丈夫ー。わたし、誰にも言うつもりないから。安心して?」
イタズラな笑みを浮かべて、山東は去って行く。去り際の言葉で、疑惑は、確信に変わる。
見られていた。
知られていた。
どうしよう。どうすればいい?
今のままで、居たいなんて。それが、もう叶わない事に、今さら気付いてしまった。
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