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「ギター、自分の使ってくれたらいいのに」
「彼女とはさっき別れたばっかりでして」
「目の前で別の子弾いたらさすがに嫉妬するんじゃないの?」
「女は過去の恋愛に関してとてもあっさりですよ。何とも思ってないさ」
ふーん、と関心のない声と共に、1枚のルーズリーフを手渡された。濡れた手で掴まれたせいでボールペンの字が少し滲んでいる。
「あの、これ歌詞とコードしか書いてないんですけど」
「楽譜ギターの子達にあげちゃったから。でももう、捨てられてるだろうけど」
彼女はごく淡々と言ってのけた。端には大きく学祭用と赤字で書かれてある。日付は今日だ。
僕はタイトルに目をやった。
「Mr.レインドロップ……?」
「雨。私の友達。守ってくれるの」
「なるほど」
その感覚、分からないでもない。雨は誰の元にも降る。等しく平等に。孤独を和らげてくれる。
一通り歌詞を読み終わったことで気づいた。彼女は僕と同じ、孤独の世界に生きる人間なのだと。
「作詞作曲アンナ……は君の名前?」
「そう」
「似合ってるね」
「初めて言われた。あ、チューナー使う?」
彼女はギターケースからチューナーを取り出したが、僕はそっと首を振る。
彼女は不思議そうに首を傾け、ひたすら弦とペグを行き来する僕の指を見ていた。僕の体には6弦全ての真ん中が染みついている。
今日捨てたはずのモノ、ギターは再び僕の腕の中にいた。これが呪いじゃなかったら、なんだっていうんだろう。
最後に指を滑らせ和音を確かめる。指先が小さく震えた。
「急に弾いて、なんて言ったら混乱するだろうから、私歌うね。適当に入ってきて」
「無茶苦茶だ」
彼女は僕の意見には意にも介さずニコッと笑うと、夜風を目一杯吸い込み、それと同じスピードで言葉を紡ぎはじめた。
混じり気のない、素直な声が飛ぶ。
彼女の世界は彼女とMr.レインドロップしかいないらしい。生きているからこそ生まれる悩み、葛藤、その中で貫きたいもの。どこまでも曖昧でつつくと簡単に崩れてしまいそうなバランスの中を彼女は生きている。
彼女は孤独と戦い、それでも自分を貫こうと必死だ。明るい未来を信じてやまない。
1人きりで歌う彼女の小さな背中は、月明かりの下でどこまでも寂しく孤独。だけれど彼女は知ってるんだろうか。
君の後ろ姿、最高にカッコいいって。
まさに、ロックンロールだ。
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