93人が本棚に入れています
本棚に追加
あー!! という悲痛な雄叫びと共に彼女は突然立ち上がり、振り返った。真面目が投影されたような黒髪が宙を舞う。
互いの視線が交わった。僕の頬に熱がさす。
こんな時に、
僕は馬鹿か。
そんな事を考えているうちにずんずんと近づいてきた彼女。距離45cm。破壊されたパーソナルスペース。
彼女は真っ直ぐすぎる目で僕を射抜くと唐突に口を開いた。
「すみません、これ弾けますか? いや、弾けますよね」
「弾けますが、弾きません」
「お願いです、弾いてくれませんか」
「嫌です」
「なら私、飛び込みます。その川に」
「はい?」
彼女は脅すようにそう言うと、僕の膝に茶色いソレを押し付けた。座る僕を見下ろす彼女。
なんだか泣きそうですね。
ま、僕には関係ありませんが。
僕は茶色いソレには手も触れず彼女から視線をそらした。人間の視線っていうのはなんでこんなにも重くて痛いんだろう。
その時、くるりと踵を返した彼女は履いていたローファーを無造作に投げると素足で、本当に、寒さも深まり始めた10月の川へと入っていってしまった。
近頃の若者の考えることは本当に分からない。若者といっても彼女とは10歳そこそこしか変わらないだろうけど。
深夜22時。真っ黒な生き物にも見える川の流れは容赦なく彼女のスカートを湿らせ、真っ白な肌に水流を叩きつけた。
子供の癇癪に付き合ってる暇はない。これだけ寒いんだ。どうせすぐに出てくるに決まって……
「………は?」
ゆっくりと振り返る彼女の瞳と視線が交わった。
そこからはスローモーション。手を真横に広げた彼女はそのまま重力に身を任せ、
なんの抵抗もなく川の中へ背面から倒れ込んでいった。
最初のコメントを投稿しよう!