アンナ

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 固まって数秒。 「なっ……に考えてんだあの子は!」  考えるよりも先に体が動いていた。膝から滑り落ちたソレがコンクリートに跳ねて空虚な音を立てる。  スニーカーのまま川に入った。やっと見つけた彼女はまっすぐ目を見開いたまま、水の中からじっと空を眺めていた。無理やり腕を引き上げると小さな口が酸素を求めるようにぷはっと開く。  その時やっと、膝まで浸かった水の冷たさに気づいた。 「君は……馬鹿か」 「ねぇ、知ってました?」 「何を」 「今日、月がとっても綺麗」  誘われるように彼女の指に沿って顔を上げた。猫背で常に斜め下しか見てなかった僕が久しぶりに上を向く。背中が痛い。  随分高いところに佇む、小さくてまん丸の月を見つけた。いくつかの星に混じっても、その存在は一際目立つ。 「月は一人ぼっちなのに綺麗だね」  僕は視線を下ろし、月に魅せられた彼女の横顔だけを眺めていた。黒髪から滴る水滴が金色に輝いている。綺麗で眩しいのは君も同じだ。今の君によく似た人間を僕は見たことがある。  遠い過去の自分だ。 「君の根性に免じて、一曲だけ弾いてあげるよ」 「本当?!」 「何弾いてほしいの。ジャズ? ポップス? クラシック?」  羽織っていたパーカーを彼女にかけた。ただただ目のやり場に困るからだ。  そして僕は、自分が無駄な質問をしていることに気がついていた。昔の僕にそっくりな女の子。自分を貫くことに必死でがむしゃらで。  そんな目をした君の口から出てくる言葉なんて、もはやたった1つしか考えられない。 「ロック&ロール」  ほらね。  君もロックンロールに魅せられ、そして。  呪われた人間の1人だ。
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