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「今のすごい揺れたな」
「ああ」
私は会社の売店に来ていた。
ちょうど休み時間だったからお菓子でも食べたくなって来たのだ。
すると、突然地面が揺れ始め、売店の陳列棚にあるスナック菓子や飲料水、天井の蛍光灯などが揺れ始めた。
さいわい揺れはすぐに収まり、大した被害も出ずに、店員が床に落ちたポテトチップスの袋を拾って棚に戻している所だった。
「これ全部くれ。今すぐだ」
レジで男が床に落ちた商品を棚に戻している店員に向かって言った。
店員は迷惑そうにその男を見たが「はい」と言って、床に散らばっているいくつかの商品をそのままにレジに向かった。
地震があったのだから、店員が店を片付けるまで待てばいいのに、僕はそう思いどんな顔の男が言ったのだろうと顔を見ると、それは隣りの課で働いている林富雄だった。
林富雄は僕と大学が同じで、就職先も僕と同じ大手電機メーカーに勤めている。僕は商品の企画や宣伝を担当しているが、彼は営業を担当していた。
僕はおかしいと思った。
林は真面目な男で人に迷惑をかけるような男ではない。
それがどうしてこんな時に子供のわがままみたいな事を言うのか理解に苦しむ。
さらに、おかしなことに彼はレジの会計が待ちきれずにカゴに入ったパンの袋を空けて勝手に食べ始めた。
金を払ったものは自分のものになる。だから商品を買った後に食べるのならそれは問題ではない、しかし金を払う前に勝手に食べるのは非常識な行いだ。
すぐに金をはらうのだから、そんなことはどうでもいいという人間もいるかもしれないが、林の性格からするとそれは考えられない行動だった。
林はレジで金を払うと、両手にレジ袋を持って立ち去ろうとしていた。
レジ袋の中身はパン、スナック菓子、おにぎりなどで、すぐに食べられるものばかりだった。レトルト食品やカップ麺などの調理にひと手間かかるものや、ティッシュや日用雑貨のようなものはまったく入っていない。
どうして、彼は食べ物ばかりをそんなに買い込んでいるのだろう。
課の人間に買ってくるように頼まれたのだろうか? それはおかしい、こんな地震があった後にそんなことを頼む人間なんかはいない。
大きな地震などの災害の後に食料品を買い込み、そのせいでコンビニやスーパーの棚から食料品がなくなり、他の客がパニックになるという話は聞いたことがあるが、今の地震はそんなに大きなものではないし、すぐに収まった。
だから、食料品を確保するために買ったのでもないだろう。
僕はとりあえず彼に声をかけてみることにした。
彼に聞けば分かるだろう。
「おい、林」
彼が僕をちらりと見る。
「今は、君にかまっている暇はない」
そう言って彼は急いで立ち去った。
同じ大学の仲間の僕がひさしぶりに話かけたのにその態度はないんじゃないか?
僕は彼の後を追いかけた。
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