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林は通路をどんどん進み、奥にある備品置き場の中に入っていった。
そこは普段は使われていない場所だった、コピー用紙やら、ホッチキスや文房具、その他小物を詰め込んだ場所だ。
何でこんな所に林は入っていったんだ? あんなに食べ物を持って? まさか野良犬でも拾って隠れて育てているわけでもあるまい。
僕は会議室の林に気づかれないようにドアノブをゆっくり回し、ドアを少しだけ開けて中の様子を見てみた。
林はこちらに背中を向けて、立ちながら何かをしている。
何だ、あいつおにぎりを食べているじゃないか。朝ごはんを食べ忘れたのか?
でも、何でこんな所で食べるんだ。自分の課に戻って食べればいいだろう。
僕はドアを開けた。
「おい、何やっているんだ」
林がビクッとしてこっちを振り返る。
「何だ、君か」
おにぎりを食べながら林が僕を見る。
めいわくそうな目をしている。僕にはかまっていられないというような目だ。
「おい、人と話をする時ぐらいは食べるのをやめたらどうだ」
「さっきも言っただろ。今君にかまっている暇はない」
おにぎりをもぐもぐ食べながら彼が言う。
何だ、こいつ。ひさしぶりに僕が話しかけてやっているのに、その態度は。
林は僕に構わずパンの袋を開けてアンパンを食べ始めた。
そんなに食べることが大事なのか?
林の態度に不愉快になった僕は彼の手からアンパンをはたき落とした。
「何するんだよ」
林は慌てて袋から他のアンパンを取り出し食べ始める。
こいつどうあっても食べるのをやめないつもりだな。
そういうことなら……。
「おい、何するんだ。僕の食べ物を返せ」
僕は机の上に置いてあった食べ物の入ったレジ袋にアンパンの残りを入れて彼から食べ物を取り上げた。
「僕の話を聞いてちゃんと聞いてくれたら返すよ」
「今はそんなことをやっている暇はないんだよ」
林が口の中のアンパンを飲み込んだ後、僕から必死に食べ物の入ったレジ袋を取り返そうとする。
林は運動があまり得意ではない。それに引き換え僕は大学では野球部に入っていた。彼に簡単に食べ物を奪われたりはしない。
その時、僕は異変に気がついた。
備品室にあった棚のガラス戸が揺れ始めているのに気がついた。
気がついたというよりは、ガラスが共振を起こして軽く揺れている、近くを電車が通った時のように、そんな感じでガラス戸が揺れ始めた。
「ああ、まずい」
それを見た林が慌てた表情をしはじめ、床に落ちているさっき僕がはたき落としたアンパンをじっと見ている。
何だ、こいつまさか落ちたアンパンを拾って食べるつもりか?
林は床に落ちたアンパンを拾って食べ始めた。
何をやっているんだ。いくらお腹がすいているからって床に落ちたものを食べる必要があるのか? 食べるのならせめてホコリを払ってから食べろよ。
僕は呆れて彼をじっと見ていた。
林がアンパンを食べ終わると、また私からレジ袋に入った食べ物を奪おうとする。
「返せよ。それが必要なんだよ」
「今食べたんだから、必要ないだろ」
林はさっきから食べてばかりいる。餓死するわけでもないのに、何を必死になっているんだ。
「いいから、よこせよ」
こいつは、食べ物のことしか興味がないのか? そういえばこいつは大学の時から勉強ばかりをしていて、他の学友に対する態度が悪かった。人のことをあまり気にしない男が林という奴だ。
「僕の話をちゃんと聞くなら返すよ」
林は僕の言うことを聞かずに、闇雲に手を出し食べ物を奪おうとする。困ったやつだ。
またガラス戸が揺れ始める。あれ、そういえばさっきも揺れていたな。さっき地震があったから余震で揺れているんだな。
僕はそのことをあまり気にせずにいたが、林は違った。ガラス戸が揺れているのを見ると目の色を変えて僕から食べ物を奪おうとし始めた。
何なんだこいつは一体。
会社に入っておかしくなってしまったのか?
会社の仕事がきつくておかしくなる人間がいると聞いたことがあるが、まさか林がそうなるとは。
壁や棚、ダンボール箱などが揺れ始めた。
また地震か?
最近は地震がやけに多いな。
「返せよ」
こいつは地震の時でも食べ物のことを忘れないんだな。
「なら、僕の話を聞けよ」
「もう、そんなことを言っている暇はないんだよ」
僕の視界にテーブルの上に置いてあった灰皿が浮かび上がるのが見えた。
「えっ」
何だ? 地震くらいでは灰皿なんか宙に浮かばないぞ。ポルターガイストか?
「うわー」
林が大声を上げる。
見ると、林の姿がどんどん小さくなりどこかへ吸い込まれるように消えてしまった。それは空間に吸い込まれたとしか表現できないような現象であった。
僕の手からはレジ袋が床に落ちる。
驚いて放心状態にある僕はどうしてよいか分からず立ちつくした。
ずっと立ちつくしているわけにもいかなかった。
ガタガタ部屋の中で音がし始め、棚に置いてあるダンボールからボールペンやらコピー用紙などが飛び出す。さっき浮かんでいた灰皿が林の消えた辺りに向かって飛んでいき吸い込まれるように消えた。
「こっ、これは」
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