改札横のダストボックスと名刺

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改札横のダストボックスと名刺

いつもなら早く読みたくて仕方がない名刺に書かれた彼女のメッセージも気が重くて中々読む気がしなかった。 結局、地元の駅のホームに降り立ち、改札横のダストボックスの中に名刺を仕舞う儀式の手前でようやく手のひらに乗せた彼女のメッセージに目を通す決心がついた。 『今日はいっぱい話ができてうれしかったよ。ありがとう。でも、本当にお金がもったいないから、話をするだけならお店に来なくてもいいよ』 いつもと様子の違う彼女からのメッセージに、鉛の球を飲み下したかのように腹の中がズンと重くなった気がした。 色々な可能性を考えてみたが、どんなルートを辿っても答えは悪い方向に収束された。僕の質問が彼女の琴線に触れたのだ。勇気を振り絞って踏み出した足は、ただの勇み足だった。 彼女との蜜月な日々を思い出し涙をこらえ、もう二度と彼女に会いに行かないことを心に誓いながら、いつもの通り名刺をきれいに折りたたみダストボックスに入れたところで、名刺の裏側に小さな文字でアルファベットの羅列と短いメッセージが書かれていることに気が付き、僕は慌ててダストボックスの中に手を突っ込んで名刺を取り出した。 一等に当選した宝くじの番号が間違っていないことを確かめるかのように、キレイな折り目のついた名刺の裏側に書かれた手書きの文字の羅列を何度も目で追った。 『******* わたしのLINEのID。今度は外で話そ』 僕は9回裏2アウト2ストライクの絶望的な状況から見事サヨナラを決めたバッターのように、終電間際の駅の改札前で、ピンサロ嬢の名刺を握りしめ、周りの目も気にせず人生で初めてガッツポーズをした。
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