同志と豚小屋

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同志と豚小屋

定時を過ぎて30分は適当にエクセルを開いたり閉じたりしながらやり過ごし、人が減ったのを見計らってから会社を出た。 JRの駅に向かう途中、繁華街を通り過ぎ路地に入り、強面のお兄さんの愛想の良い声かけを俯いてやり過ごしながら、足早にピンク色の看板が大々的に掲げられた古びたビルに入り、建築基準法をギリギリ違反しているだろう急な階段を、足を踏み外さないよう慎重に下る。 階段を下り切った先に黒くて重そうな扉が通路に立ちふさがっていて、その扉の前に黒いスーツ姿の愛想のよい強面のお兄さんが立っており、その横には小窓の空いた受付があってそこにも愛想のよい強面のお兄さんが座っている。 扉の前のお兄さんに、これでもかというほど加工された女性達の写真を見せられて、その中から名前だけを頼りに彼女を探し出して指を差す。 財布から金を出して渡し、お釣りを受け取って、爪を確認されて、清潔か不潔か分からない消毒液を手に吹きかけられて、安いかき氷のシロップのような味のする口臭スプレーを口の中に3度吹きかけてから、番号の書かれた免罪符を受け取りようやく重そうな扉の先に案内される。 扉の先の暗い空間には大音量のハウスミュージックが流れており、ミラーボールのようなものに反射された無数の光の欠片が黒く塗装された壁と天井を飛び回っていて、一瞬ライブハウスにでも迷い込んできたような懐かしい錯覚に陥るが、低い天井と、狭い空間をさらに狭く迷路のように仕切っている薄っぺらなパーティションと、消毒液の独特な臭いが、ここが現実とは別の世界であることを知らしめている。 いつも通り、トイレに寄って手に吹きかけられた消毒液を丁寧に洗い流してから、豚小屋のような待合室のベンチに同志達と肩を並べて座り、出撃を待つ傭兵のように俯き、無意味にスマホの画面を眺めたりフリスクを噛んだりしながら、自分の番号が呼ばれるのを待つ。 先輩同志達が呼ばれて次々と出動していく度に鼓動が早くなり、後から来た後輩同志が先に出動し始め、自分の存在が忘れられているのではないかと不安を感じ始めた頃、ようやく自分の番号が呼ばれて慌てて立ち上がり、同志の足に躓いてよろけながら豚小屋を飛び出す。
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