1.夢を食べる

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「けっ、本当に、どいつもこいつも、 死んだ魚のような眼をしやがって……。 夢に新鮮さがねぇんだよな。 ちっ、あいつの夢はまだちっちぇ~な。 食べ頃ではないな。 あっ、あいつは一週間前まで、 希望をもって夢を追いかけていたのに、 自分で諦めちまったみたいだぜ。 どんどん、夢がしぼんでいってしまっている。」   色々な食べ物に、「食べ頃」という時期があるように、 「夢」にも食べ頃があるというのだろうか? 「しょうがねぇ……。 あいつの夢で手をうつか。」  三日前から、目をつけていた。 いかにもキャリアウーマンという風貌の女。 その女を選んだ理由は風貌ではなく、夢に対してだった。 着飾っている服からして、 アパレルブランドに勤めているのか。 きりりとした視線。 社会を斜めに切っていくような斬新なスタイル。 この混沌とした世の中で、 一旗揚げようと意気込んでいる気概が伝わってくる。 その気概が大きな夢となり、かぐわしい香りとなり 獏の鼻腔をくすぐる。 すぐに感じた。 こいつの夢は……、 「洋服だ。自分で会社を立ち上げて、 世の中をあっといわせる洋服をつくること」。 そう、感じた獏の後ろ足は、一瞬にして空を蹴っていた。 「夢」という食べ物をめがけて。  雲を落下していき、 小高い丘を越え、 木々の隙間を抜けて、 下界に降り立つその姿は、 誰にも見えていない。 ただ、獏が通り過ぎた道程には、 一陣の風が吹いていた。 夢にまであと、五十メートル、四十メートル。 途中夢がない人間に、何度かぶつかりそうになりながら、するりとすり抜け、二十五メートル。 そう、獏が計算していた時だった。 どこからともなく泣き声が聞こえた。 孤独をグッと押し殺す声。 それは、夢の獲物まであと十五メートルと せまった時だった。
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