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「けっ、本当に、どいつもこいつも、
死んだ魚のような眼をしやがって……。
夢に新鮮さがねぇんだよな。
ちっ、あいつの夢はまだちっちぇ~な。
食べ頃ではないな。
あっ、あいつは一週間前まで、
希望をもって夢を追いかけていたのに、
自分で諦めちまったみたいだぜ。
どんどん、夢がしぼんでいってしまっている。」
色々な食べ物に、「食べ頃」という時期があるように、
「夢」にも食べ頃があるというのだろうか?
「しょうがねぇ……。
あいつの夢で手をうつか。」
三日前から、目をつけていた。
いかにもキャリアウーマンという風貌の女。
その女を選んだ理由は風貌ではなく、夢に対してだった。
着飾っている服からして、
アパレルブランドに勤めているのか。
きりりとした視線。
社会を斜めに切っていくような斬新なスタイル。
この混沌とした世の中で、
一旗揚げようと意気込んでいる気概が伝わってくる。
その気概が大きな夢となり、かぐわしい香りとなり
獏の鼻腔をくすぐる。
すぐに感じた。
こいつの夢は……、
「洋服だ。自分で会社を立ち上げて、
世の中をあっといわせる洋服をつくること」。
そう、感じた獏の後ろ足は、一瞬にして空を蹴っていた。
「夢」という食べ物をめがけて。
雲を落下していき、
小高い丘を越え、
木々の隙間を抜けて、
下界に降り立つその姿は、
誰にも見えていない。
ただ、獏が通り過ぎた道程には、
一陣の風が吹いていた。
夢にまであと、五十メートル、四十メートル。
途中夢がない人間に、何度かぶつかりそうになりながら、するりとすり抜け、二十五メートル。
そう、獏が計算していた時だった。
どこからともなく泣き声が聞こえた。
孤独をグッと押し殺す声。
それは、夢の獲物まであと十五メートルと
せまった時だった。
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