文明開化

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文明開化

男は神田で鰻屋を営んでいた。鰻は背開きにし、丁寧に内臓と骨をとる。その後、白焼きにして蒸す。蒸し上がったらタレをつけて焼く。甘すぎない、あっさりとしたタレが、余分な脂を落とし、ふっくらと蒸しあがった鰻にじんわり馴染む。秘伝というやつだ。無骨な見た目とは裏腹に、男の仕事は非常に丁寧だった。その点、ある意味で典型的な職人像のような男だといえよう。男は鰻の味に、誇りを持っていたし、実際に近所の評判も良かった。 男はその日も真心込めて鰻を焼き、夜はいつもの様に同業のKとFと酒を交わしていた。その席で、通常は本日の客や近隣の人々の噂話をしているのだが、その晩三人は、Fの店の常連が商売相手だといってFの店に連れてきた、某国人の男の話に熱心だった。「向こうの国じゃあ、虫やら蛇、犬や猿の脳ミソまで食うらしい。」おぞましい、といった苦々しい顔でFが言った。Kも、「信じられねえなあ、犬を食うなんて、野蛮だよ。」と言った。男も二人と同意見であった。そして何度も首肯しながら、「まったくだな。」と言った。その外国人についての噂は尽きず、あれやこれやとあることないこと話を膨らませ、三人は大いに盛り上がった。
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