◆までこさんは1000年の秋を感じる◆

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 それはそうと、どうやら古典初心者なアトソンくんにはまでこさんが詠んだ歌が誰の歌なのかがわからないようです。  までこさんの追っかけが高じて万研部に入ったアトソンくんの一番の興味は、普段は学年が違うせいで拝むことが叶わないまでこさんの割烹着姿を目に焼き付けることにあるので、むしろちゃんと誰の歌なのかを尋ねたことをほめてあげなければいけません。  アトソンくんは案外ほめて伸びる子なのです。 「これは古今和歌集にある、三十六歌仙のひとりである藤原敏行が秋立つ日――立秋に詠んだ歌だよ。吹く風より秋の訪れを感じた歌だね」  までこさんの知識は万葉だけに留まらず、古今、新古今、拾遺集とついでに漢詩まで幅広いのです。そのせいで時々いろいろな時代の言葉が混ざった不思議な言葉づかいをするのもまでこさんの魅力のひとつです。 「〈きぬ〉は『来る』、〈さやかに〉は『はっきりと』。つまり『目には秋が来たとはっきりとは見えないのに、風の音に秋の訪れを感じ驚いた』と詠んでいるのだよ」 「つまり『風が涼しいな、もう秋か』ってことっすか? へ~、なんかそのまんまの歌っすねぇ!」 「ずいぶんと豪快に情緒を削ぎ落としてくれたものだね」  アトソンくんの率直な感想に腰に手を当てたしなめる姿勢を取るまでこさんでしたが、その目は面白そうにきらりと光っています。  どうやら和歌に詳しくないアトソンくんの新鮮な考え方を楽しんでいるようです。 「歌の意味や歌人を知ろうとすることはとても大事だけれどね。君も万研部の一員ならば歌人の気持ちを鑑みてその歌に込められた思いを読み解くことが肝心だよ、アトソン君」 「気持ちって、まさか“このときの筆者の気持ちを考えよ”って奴っすか……?」 「その通り。和歌とは、その歌を読み解くことで1000年以上の時を隔てた歌人と思いを共有することすらできるのだよ」 「またまたお~げさな」
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